花火
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 美しい花火も、まちがうと、人にけがをさせることもある。そんなヒントから創作しました。心のやさしい子どもが、危急なばあい、花火をうって助かる痛快さを味わっていただきたいと思います。
- 読み聞かせのポイント
- 話に出てくるおおかみは、憎いけれども、無知なおおかみです。うち殺すのはかわいそうなので、最後に、らんぼうはしないと、約束をさせました。ヤギノおじいさん、ウサキチとピョンタ、それぞれに、やさしい豊かな愛情の持ち主であることを心して読んでください。
おはなし
ピョン、ピョン、ピョン。うさぎのウサキチと、ピョンタが、山道を歩いていました。
よく晴れた秋の日なのに、長い道を歩いて、つかれてしまいました。
「ああ、つかれた。この木かげで休むことにしよう」
ウサキチも、ピョンタも、大きな木の根もとに、すわってしまいました。すると、どこからか、変な声が聞こえてきました。
「おや、なんだろう、あの声」
ウサキチも、ピョンタも、耳をピーンと、立てました。
声は、だんだん近づいてきます。
「エンヤラヤー、エンヤラヤー……」
「あっ、あの声。この坂の下の方で聞こえるね」
しばらくすると、坂の下から上がってきたのは、メー、メーやぎの、ヤギノおじいさんでした。ヤギノおじいさんが、大きな車に、なにかいっぱい積んで、上がってきました。
「あっ、ヤギノおじいさんだ。ヤギノおじいさん、こんにちは……」
「おう、ウサキチちゃんに、ピョンタちゃん。ここは、えらい坂道だのう」
「ヤギノおじいさん。おじいさんは汗びっしょりだね」
「ああ、この車が、とても重いのだよ。汗はタラタラ、つかれはでるし……。でも、この山のてっぺんまでいけば、もうあとは楽だからね。いま、力をいっぱい出して、やっと、ここまで上がってきたのだよ。だが、これから山のてっぺんまでが、たいへんだよ」
ヤギノおじいさんは、手ぬぐいで顔の汗をふきました。
そこで、ウサキチとピョンタは、そうだんをしました。
「ウサキチ君、ヤギノおじいさんの、おてつだいをしてやろうか」
「うん、ぼくたちが、あの車をおしてやろう」
ウサキチとピョンタは、おじいさんの車を、おしてやることにしました。
ヤギノおじいさんが、車をひっぱりました。
「エンヤラヤ、エンヤラヤ」
ウサキチとピョンタが、車のあとおしをしました。
「ホラ、エンヤラヤ、エンヤラヤ」
車は、ガラカラ、音をたてて動きはじめました。
とうとう、車は山のてっぺんにつきました。ヤギノおじいさんは、大よろこびです。
「やあ、ありがとう、ありがとう。ウサキチちゃんと、ピョンタちゃんのおかげで、この山のてっぺんまでくることができた。あとは、下り坂だからな。力を出さなくても、車はおりていく...。いや、ほんとにどうもありがとう」
ウサキチとピョンタは、にこにこしながら、いいました。
「ピョンタ君、おじいさんが、よろこんでくれて、よかったねえ」
「うん、ぼくたち、いいことをしたねえ」
ヤギノおじいさんは、美しい絵のかいてある細長いぼうのようなものを、くれました。
「さあ、ウサキチちゃん、ピョンタちゃん。おてつだいをしてくれたお礼に、これをあげよう」
「おや、おじいさん。これ、なあに?」
「花火だよ。打ち上げ花火だよ」
「えっ、花火」
「うん、この筒のさきに、火をつけるとね、シュシュシュッ、ポーン……。それは美しい花火なんだよ。さあ、この花火をあげよう」
ウサキチとピョンタは、ヤギノおじいさんから、花火を一本ずつもらいました。
ウサキチもピョンタも、大よろこびです。
「おじいさん、ありがとう」
「はい、はい。あっそうだ。花火に火をつけるのには、マッチがいる。マッチもあげよう。それからね、火をつけるとき気をつけるんだよ。この花火を人のいる方に向けると、花火の火がとんでいって、大やけどをさせることがあるからね。花火は、いつも、空の方を向けるんだよ。わかったね」
ヤギノおじいさんは、また、車をひいて山道をおりていきました。
ウサキチもピョンタも、花火をもらって、おどりあがって、よろこびました。
「ピョンタ君。この山のてっぺんで、ポーンと、花火をあげようね」
「うん、この花火は、空でパーンと開いて、花のように美しくなるんだよね」
そのときです。どこかで声が聞こえました。
「こらっ、こら、こらっ」
「あっ、あの声は、だれだろう」
声は、だんだん近づいてきました。
「こらっ、こら、こらっ」
ウサキチとピョンタは、びっくりしました。やぶの中から、おおかみが、出てきました。
「あっ、おおかみ」
「こら、こら、子うさぎたち。このおおかみさまに見つかったら、もうおしまいだ。さあ、かみついてやる」
「わあ、こわい、こわい」
ウサキチもピョンタも、ピョン、ピョン、ピョン、逃げだしました。
「なあに、こんな子うさぎども、逃がすものか」
おおかみは、どんどん、追っかけてきます。
「わあ、こわい、こわい、おおかみだあ」
ウサキチもピョンタも、いっしょうけんめい逃げました。
「さあ、子うさぎども、つかまえて、かみついてやる」
おおかみはすぐそばまで追っかけてきます。ところが、ウサキチもピョンタも、こまったことになりました。高いがけの上まで、きてしまったのです。
「ああ、どうしよう。このがけ、もう逃げることができないよ」
おおかみは、すぐ近くまで、やってきました。
「ヘッ、ヘッ、ヘッ。どうじゃ、もう逃げられないぞ。さあ、つかまえてやるぞ、かみついてやるぞ」
おおかみは、大きな口をあけて、とびかかろうとしています。
このときです。ウサキチは、がけの下をみて、
「おやっ」
と、声をたてました。ピョンタも、
「あっ、これはよいところがある。ここにあながあるよ」
と、いいました。それは、がけのそばに、あなのあるのを見つけたのです。ちょうど、ウサキチやピョンタが、はいれるくらいのあなでした。
「うん、早くこのあなの中に、はいってしまおう」
ウサキチとピョンタは、そのあなの中に、もぐりこみました。
おおかみは、あなの外に立って、
「こら、こら、子うさぎたち。あなの中にかくれてもだめだぞ。このあなを大きく掘って、お前たちをつかまえてやるぞ」
おおかみは、あなを掘りはじめました。
あなは、だんだん、大きくなっていきます。
あなの中で、ウサキチもピョンタも、こわくてふるえていました。
「ピョンタくん、どうしよう。きっと、おおかみがこのあなの中に、はいってくるよ。はいってきたら、もう、おしまいだ。ぼくたち、かみつかれてしまうよ」
すると、ピョンタが、耳をピーンと立てました。
「ウサキチくん、よいことがあるよ」
「よいことってなにさ」
「ほら、ぼくたち、ヤギノおじいさんにもらった花火がある。この花火に火をつけると、ポーンと、火がとび出るんだよ。だから、あのおおかみを、この花火でうってやろう」
「うん、ぼくたちうさぎにかみつく、わるいおおかみだものね。よし、花火で、おおかみを、うってやろう」
ウサキチとピョンタは、おおかみのはいってくるのを、待ちました。
そのことを知らないおおかみは、あなを大きくして、中にはいってきました。
「さあ、子うさぎども、もうおしまいだ。このとおり、おおかみさまは、あなの中にはいれたんだぞ。さあ、かみついてやる」
おおかみは、ギョロリと、目を光らせて、ウサキチとピョンタに近づいてきました。
このとき、ウサキチとピョンタは、一ぽんの花火に火をつけました。
花火は、シュー、シュー、と、音をたてました。
おおかみは、目を、パチクリさせました。
「おや、子うさぎども、暗くなったので、火をつけたな。これは、ありがたい。 明るくなった。さあ、かみつくぞ」
目を光らせ、大きな口をあけて、おおかみが、とびかかろうとしたときです。
花火は、シュ、シュー、ポン、と、大きな音をたてて、おおかみの顔にあたりました。
「いたい、いたい……」
と、さけびながら、あなからとび出したおおかみは、顔にもからだにも、大やけどをして、歩くことができません。
山の悪者、あばれ者のおおかみは、らんぼうをやめることを、ウサキチとピョンタに、やくそくしました。
その晩、山の動物たちは、みんな山のてっぺんに、集まってきました。ウサキチとピョンタは、ヤギノおじいさんからもらった、もう一本の花火を、うちあげました。
花火は、まっくらな空に、花のように開きました。それは、それは、美しい花火でした。