負けたっていいの
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- とかく競争の激しい現代では、劣敗のうき目をみる子が多い。しかし、競争の結果を云々することよりも、真剣にとっくめばそれでよい。たとえその競争に負けても、どの子にも、その子自身の長所のあることを感じさせたい。
- 読み聞かせのポイント
- ウサコは、いつもにこやかな、かわいい女の子ですから、負けたときの表情や言葉も、にこやかさを、くずさないようにしてください。水槽によじのぼったコンタやワンキチが、いばる場面がありますが、この両者のせりふは、いかにも憎らしく工夫して語ってください。
おはなし
うさぎのウサコちゃんのところへ、きつねのコンタが、やって来ました。
「ウサコちゃん、遊ぼうよ」
「ええ、いいわ。なにして遊ぶの」
「力くらべしよう」
「コンタちゃん。力くらべって、なにするの」
「ウサコちゃん、ぼく、ここに太いつなを、持って来たんだ……。さあ、このつなで、つなひきをしよう」
コンタは、ウサコちゃんの前に、太くて長いつなを、のばして見せました。
「ほら。ウサコちゃんは、そちらのはしを持ってね。ぼくは、こちらのはしを持つよ……。そして、一、二の三で、このつなをひっぱるのだよ……。ね。さぁ、つなひきをしよう」
「わたし、はじめてだけれど、やってみるわ」
ウサコちゃんとコンタは、つなひきをはじめました。コンタが、
「エーンヤ」
と、かけ声をかけて、つなをひくと、ウサコちゃんも、
「エーンヤ」
力いっぱい、つなをひっぱりました。
「エーンヤ」「エーンヤ……」
声をはりあげて、ひっぱっているうちに、ウサコちゃんは、グン、グン、コンタにひっぱられて、とうとう、つなから手をはなしてしまいました。
さあ、たいへんです。コンタは、ステーンと、しりもちを、ついてしまいました。
「おお、痛い、痛い。しりもち、ついちゃった……。でも、つなひきは、ぼくが勝ったんだぞ。ウサコちゃんの弱虫やーい」
ウサコちゃんは、負けても平気な顔で、ニコ、ニコ、笑っていました。
「コンタさん、強いわねえ。わたし、負けちゃった。でも、わたし、一生けんめい、つなひきしたから、負けたっていいの」
その次の日、ウサコちゃんのところに、犬のワンキチが、遊びに来ました。
「ウサコちゃん。遊ぼうよ」
「ええ、いいわ。なにして遊ぶの」
「かけくらべしようよ」
「かけくらべって、どこまで走っていくの」
「ウサコちゃん。ほら、ずっとむこうに、松の木が立っているだろう。あの松の木の根もとまで、どっちが早いか、競争しよう」
ワンキチは、足もとに、一本の線をひきました。
「ウサコちゃん。ここがスタートラインだ。この線の上に、ぼくとならんで立つんだ」
「はい。ここに立つのね。では競争しましょう」
ウサコちゃんは、ワンキチとならんで、スタートラインに立ちました。
「よーい、ドン」
ワンキチが号令をかけると、ウサコちゃんは、ワンキチといっしょに、走りだしました。
ピョン、ピョン、ピョン。ウサコちゃんは、一生けんめいに走りましたが、ワンキチには、かないません。ワンキチは、すごいスピードで、松の木の根もとに向かって、走っていってしまいました。
「やーい、ウサコちゃんは、おそいなあ。ぼく、もう、松の木まで、来てしまったよ」
ワンキチが、松の木の下で休んでいると、ウサコちゃんが、ピョン、ピョン、走ってきました。
「ワンキチさんは、早いわねえ」
「ウサコちゃんは、おそいなあ。ぼくは、競争に勝ったんだぞ」
ウサコちゃんは、負けても、平気な顔で、ニコ、ニコ、笑っていました。
「ワンキチさんは、早いわねえ。わたし、負けちゃった。でも、わたし、一生けんめいに走ったのだから、負けたっていいの」
また、その次の日です。うさぎのウサコちゃんのところに、犬のワンキチと、きつねのコンタが、やってきました。
「ウサコちゃん、遊ぼうよ」
「ええ、いいわ。ワンキチさん、コンタさん。なにをして遊ぶの」
「競争して遊ぼうよ」
「今日は、なにを競争するの」
ワンキチと、コンタが、顔を見あわせて、かわるがわるいいました。
「さっきコンタくんと相談して、よいことをきめたんだ。ね、コンタくん」
「そうなんだよ。ぼくとワンキチくんがね。象のゾウタおじさんのところの水おけに、のぼっていく競争をするんだけどね。ウサコちゃんも、いっしょにやろうよ」
「えっ、あの鼻の長い、象のゾウタおじさんの家の、大きな水おけへ、のぼっていくの……。ええ、いいわ。わたしも競争するわ」
象のゾウタおじさんの、家の前には、大きな水おけがありました。それは象のからだのように、とても大きな水おけでした。
ウサコちゃんは、ワンキチと、コンタと、水おけのそばに来ました。
ウサコちゃんは、この大きな水おけを、見あげました。
「この水おけ、屋根にとどきそうね。中に水が、はいっているのかしら」
すると、ワンキチがいいました。
「水おけだから、水は、はいっているさ……。な、コンタくん」
「そうだよ。ゾウタおじさんは、からだが大きいから、たくさんの水を、飲むんだよ。だから水おけも、大きいのさ。この水おけへ、よじのぼって、水を飲んだって、いいんだよ。さあ、競争して、この水おけへ、のぼってみよう」
ウサコちゃんと、ワンキチと、コンタは、大きな水おけの下に、ならんで立ちました。ワンキチが、
「それでは、ぼく、号令かけるよ。よーい……」
と、いったとき、もうコンタは、のぼっていこうとして、おけに足をかけました。
「コンタくん、ずるいぞ。よーいで、のぼっては、いけないんだ。よーい、ドン、といったら、のぼっていくんだよ」
ワンキチに注意されて、コンタは、びっくりして、足をひっこめました。
「では、もう一ぺんやりなおし。では、号令かけるよ。よーい……。あっ、いけない。またコンタくんが、おけに足をかけたよ」
コンタは、またびっくりして、足をひっこめました。
「コンタくん。こんど号令より先に足をかけたら負けにするよ。いいかい」
「ワンキチくん、だいじょうぶだ。こんどは、号令のかかるまで、じっとしているよ」
「では、ほんとに号令かけるよ……。よーい……ドン」
さあ、ウサコちゃんも、ワンキチも、コンタも、大きなおけに、よじのぼっていきました。
「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
のぼっていくうちに、ウサコちゃんは、おくれてしまいました。ワンキチとコンタは、ウサコちゃんを、あとにして、グン、グン、のぼっていきます。
ウサコちゃんは、それでも一生けんめいでした。
「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
かけ声をかけて、のぼっていったのに、ウサコちゃんの足がすべりました。
あっ、あぶない、あぶない……。とうとう、ウサコちゃんは、ステーンと、すべりおちて、しりもちを、ついてしまいました。
「おお、痛い」
水おけから、すべりおちたウサコちゃんは、おしりをさすりながら、起きあがりました。大きな水おけの上の方では、ワンキチとコンタが、同じくらいの高さのところを、
「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
と競争しながら、よじのぼっていきます。
とうとうワンキチとコンタは、大きな水おけの上まで、よじのぼりました。
ワンキチとコンタは、下にいるウサコちゃんを、見おろしました。
「やあい。ウサコちゃんは、ここまで、のぼれないよう……。な、コンタくん。ウサコちゃんは、どんな競争にも勝てないな」
「ほんとだ。ウサコちゃんは、いつも競争に負けているよ……。やあい、ウサコちゃんなんか、だめだあい」
ワンキチとコンタは、ウサコちゃんを、さんざんばかにしましたが、ウサコちゃんは、平気な顔でした。
「いいの、わたし。一生けんめいに、のぼろうとして、負けたんだから、しかたがないの」
水おけの上にあがったワンキチが、コンタにいいました。
「コンタくん、ぼくらいっしょに、ウサコちゃんに勝ったんだから、大きな声で、バンザイしよう」
「うん、ワンキチくん。では、やろう」
ワンキチとコンタは、声をそろえて、
「バンザーイ」
と、叫んで、手をあげました。
そのときです。あっ、あぶない。ワンキチとコンタは、手をあげたとたんに、大きな水おけの中に、ザブーンと、落ちてしまいました。
水おけの中には、水がいっぱいはいっています。ワンキチもコンタも、せが立ちません。
「助けてえ。助けてえ」
と、呼びつづけました。ウサコちゃんは、おどろきました。
「これはたいへんだ……。ほっておいたら、ワンキチさんもコンタさんも、水につかって死んでしまう……。どうしよう……。あっ、よいことがあるわ」
ウサコちゃんは、象のゾウタおじさんを、呼んできました。
「ゾウタおじさん、たいへんです。この水おけの中に、ワンキチさんとコンタさんが、落ちてしまいました。おねがいです。助けてやってください」
ゾウタおじさんは、あわててしまいました。
「助けるって、どうして助けるんだい」
「ゾウタおじさん。そら、その長い鼻で、水おけの水を吸い出してやって……。それから、その鼻で、ワンキチさんとコンタさんを、水おけから出してやってね……。さあ、早く、早く」
ゾウタおじさんは、
「ああ、よしよし。それっ」
長い鼻を、水おけの中に入れると、水をグイーッと、吸いあげて、シューッと、外へ出しました。
グイーッ、シュー。グイーッ、シュー。水おけの中の水は、吸いあげられて外へ出されました。
水おけの外にいるウサコちゃんが、大きな声でいいました。
「ワンキチさん、コンタさん、早く、ゾウタおじさんの鼻につかまって、早く、早く」
ワンキチとコンタは、ゾウタおじさんの長い鼻の先に、グルリと巻かれて、水おけの中から、助け出されました。
ワンキチとコンタは、ウサコちゃんの前で、ペコン、ペコン、頭をさげました。
「ウサコちゃん。助けてくれてありがとう。競争に負けたからといって、ばかにして、ごめんね」
でも、ウサコちゃんは、いばりませんでした。
「いいの。わたしは、ただ一生けんめいに、ゾウタおじさんに、助けをたのんだだけなの」
ウサコちゃんの前で、ワンキチとコンタは、なんべんもなんべんも、
「ありがとう、ありがとう」
と、いって、頭をさげていました。