歯が抜けた
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- いくら欲ばって、いろいろ望んでみても、なによりも大切なものは、健康に恵まれることである。殊に歯は、その人の健康と美のシンボルであることを知らせたい。よく知られている「四つのねがい」という話からヒントを得た作品です。
- 読み聞かせのポイント
- 歯が抜けてしまうと、「ものが、はっきりいえない」「顔がみにくくなる」「体が弱くなる」ことを強調して、健康教育の面にも役立たせてください。
おはなし
ジャックは、大きな家に、住んでいました。とてもお金持ちであったのに、欲ばり者でした。みんなから“欲ばりのジャック、欲ばりのジャック”と、いわれていました。
ジャックのお嫁さんも、ジャックと同じように、たいへんな欲ばり者でした。
ある晩のことです。
ジャックとお嫁さんは、いっしょに晩ごはんを食べていました。
そのとき、外で声がしました。
「おねがいです。戸をあけてください」
ジャックとお嫁さんは、知らん顔をして、ごはんをたべています。
「おねがいです。戸をあけてください」
ジャックは、いかにもめんどうくさそうに、大きな声でいいました。
「じぶんで、あけろ」
「わたくしは年よりです。力がありません。あけてください」
「チェッ、めんどうだな……。あけてやるから待っていろ」
ジャックが、戸をあけてみると、そこに立っていたのは、おじいさんでした。
このおじいさんは、白いひげを長くのばして、杖をついています。ところが、頭にかぶっているのは、まっかなずきんでした。
おじいさんは、ジャックのお嫁さんのそばにすわると、ごちそうの煮えている鍋を、のぞきこみました。
「ああ、よいにおいじゃのぅ……。おお、これはおいしそうなお肉じゃ。このじじいにも、お肉を、ひときれ、たべさせてください」
ジャックは、おじいさんを、にらみつけました。
「なに、この肉をたべたいって……。だめだ!じいさん、この肉は、とてもかたくて、わしたちでさえ、こんなよい歯を持っていても、よくかめなくて、困っているんだ。じいさんなんかには、たべられないよ」
「へい、そうですかい……。でもねえ、わしは、年をとっていても、歯は、とてもじょうぶなんです。おねがいです。この肉を、たべさせてください」
「じいさん、だめだっ!これは牛肉で、とても値段が高いんだ。わしたちも、もったいなくて、チビリ、チビリ、ほんの少ししか、たべていないんだ。じいさんには、やらないよ」
「へい、そうですかい……。でもねえ、この肉を、たべさせてくださったら、お礼をするんですけどねえ」
「なに?じいさん、お礼をするって、なにをくれるんだい」
おじいさんは、頭にかぶっている、赤ずきんをぬぎました。
「はい、この赤ずきんを、あげますよ」
「じいさん、だめだっ!そんな古い赤ずきんをもらっても、なんにもならん。肉はたべさせないぞ」
「へい、そうですかい……。でもねえ、この赤ずきんは、あなたのおねがいをかなえてくれる、ふしぎなずきんですがねぇ」
欲ばりなジャックは、この古い赤ずきんが、じぶんのねがいを、かなえてくれると聞いて、おどろきました。
「え、なに?その赤ずきんが、わしのねがいを、かなえてくれるって……。それは、ほんとうかい」
「へえ、ほんとうですとも……。このお鍋の中の肉は牛肉──牛の肉ですね。この牛の肉を、わしにたべさせてくださると、この赤ずきんは、牛の角の数だけ、あなたがたの、おねがいを、かなえてくれます……。牛には角が二本でしたねえ」
すると、そばにいた欲ばりのお嫁さんが、
「ちがいます。この牛は角が四本、四本ありましたよ」
と、いって、おじいさんの前に、指を四本つき出しました。
「へえ、この牛には、角が四本もあったんですか……。では……、この赤ずきんをかぶって、おねがいをすると、あなたがたのおねがいを、四つまでかなえてくれますよ」
欲ばりのジャックも、ジャックのお嫁さんも、この赤ずきんが、おねがいを、四つもかなえてくれると聞いて、大喜びです。
「おじいさん、おじいさん。さあ、さあ、肉をたくさんおたべなさい……。そのかわりに、その赤ずきんは、わたしたちが、もらいますよ」
ジャックは、そのおじいさんに、牛肉のごちそうをして、その晩は泊めてやりました。
そのつぎの朝です。
ふしぎな赤ずきんをもらったジャックは、おじいさんを馬車に乗せて、村境の橋のそばまで、送っていきました。
おじいさんが、橋を渡って、遠くへいってしまうと、ジャックは、赤ずきんを、頭にかぶりました。
馬車に乗ったジャックは、むちを持って馬のお尻を、力いっぱい“ピシリッ”と、たたきました。
「さあ、家へ帰るんだ、早く走れえ」
ところが、どうしたことでしょう。馬は「ヒヒーン」と、ないただけで、動こうとはしません。
「おや、この馬、走らないのか」
また“ピシリッ”と、むちで、たたきましたが、「ヒヒーン」となくだけです。
ジャックは、馬車から降りると、大きな棒を持ってきました。
「この馬!いうことを聞かなければ、この棒で、ぶんなぐってやるぞ……。そら、そら、そうら」
“ポカーン”と馬の尻をたたきましたが、馬は「ヒヒーン」と、なくだけで動きません。
おこったジャックは、
「よし、こんな馬なんか、こんな馬なんか……、もう、死んでしまえっ」
と、いいました。
と、どうでしょう。この大きな馬が“バターン”と倒れてしまいました。そして馬車が“ガチャーン”と、ひっくりかえってしまいました。
ジャックは、びっくりしました。馬は死んでしまったのです。
「わあ、馬が死んだ、馬が死んだ……。これはふしぎだ。この馬、死んでしまえ!と、いったら、馬が死んじゃった」
ジャックは、頭にかぶっている赤ずきんに、手をあてました。
「あ、この赤ずきんは、わしのいうとおりに、馬を殺してしまったんだ……。しまった!この赤ずきんは、わしのおねがいを、四つきいてくれるのに、一つなくなって、あと三つだけになってしまった」
ジャックは、死んだ馬のそばで、とてもくやしそうな顔をしました。
ジャックの家では、お嫁さんがジャックの帰りを、待っていました。
お嫁さんは、ジャックの帰りがおそいので、心配して、家の外へ出ると、大きな声で呼びました。
「ジャック……、早く帰ってえ……。風のように早く飛んできてくださーい」
と、どうでしょう。むこうの方から、ジャックが、風のように早く“ビューン”と、音をたてて飛んできて、お嫁さんの前でとまりました。
お嫁さんは、びっくりしました。
「まあ、ジャック。今、わたしがねえ、『ジャック、風のように早く飛んできてくださーい』と、呼んだら、あなたが“ビューン”と飛んできましたよ」
ジャックは、頭にかぶっている赤ずきんに、手をあてました。
「あ、そうか……。おまえの声が、この赤ずきんに聞こえたのだな。それで、わしは風のように早く飛んできたのだ……。ああ、四つかなえてもらえるおねがいが、また一つなくなって、二つだけになってしまった」
「おや、あなた。おねがいは、四つ、かなえてもらえるのですよ。一つなくなれば、まだ三つ残っています……。それが、どうして、二つだけになってしまったんです」
「うん、『この馬、死んでしまえ』と、いったら、あの馬が死んでしまったんだよ」
馬が死んだと、聞いて、お嫁さんは腹を立てました。
「まあ、あなたは、あんなよい馬を、殺したのですか。あなたが悪いのよ」
そこでジャックとお嫁さんは、けんかをはじめました。
お嫁さんはらんぼうでした。ジャックの腕に“ガッ”と、かみつきました。
ジャックはびっくりしました。
「痛い、痛い……。腕にかみつくとは、なにごとだっ」
でも、お嫁さんは、かみついて、はなそうとはしません。
そこで、ジャックは、大声で叫びました。
「こんな、かみつく歯なんか、抜けてしまえ」
すると、どうでしょう。ジャックの腕に、かみついていたお嫁さんの歯が、みんなポロ、ポロ抜けてしまいました。
ジャックは、おどろいて、かぶっていた赤ずきんに、手をあてました。
「わあ、歯が抜けた。みんな抜けちゃったあ……。おや、この赤ずきんが、わしのいうことを聞いて、歯を抜いてしまったんだ……。ああ、この赤すきんは、おねがいを四つ、かなえてくれるのに、あと、一つしか、かなえてもらえないぞ」
とうとう、赤ずきんの、かなえてくれるおねがいは、一つだけに、なってしまいました。
ジャックのお嫁さんは、歯がみんな抜けてしまって、ペチャンコの、それは、それは、変な顔になってしまいました。
お話をしても、歯のないお嫁さんのことばは、さっぱりわかりません。
なにをたべても、歯がなくては、よくかめないので、からだが弱くなって、ヒョロヒョロに、やせてしまいました。
ある日のことです。
お嫁さんは、鏡の前にすわると、自分の顔が見苦しいので、悲しくなって、泣いていました。
ジャックは、お嫁さんのそばにくると、おこっていいました。
「こらっ、メソメソ泣くな……。やせてヒョロヒョロ、顔はペチャンコ……。その顔で泣いたら、見苦しくて、わしのほうが、気持ちが悪くなるわ」
お嫁さんは、ジャックに、なにかいっていますが、歯のないお嫁さんのいうことばは、はっきりわかりません。
お嫁さんは、ジャックの前で、手まねをしたり、字を書いたりして、やっとジャックに、わかってもらいました。
「ああ、歯が生えるように、赤ずきんにたのんでくれというのかい……。そうか、歯がみんな抜けたら、顔はペチャンコ、からだはヒョロヒョロ。なにをいっても、わからなくなってしまったからな……。よし、では、赤ずきんにたのんでみよう」
ジャックは、赤ずきんをかぶって、大声でいいました。
「おねがいです。わしのお嫁さんの歯を、生やしてください」
と、どうでしょう。お嫁さんの口に、まっ白な歯が生えそろいました。
ジャックも、お嫁さんも、大喜びです。
「わあ、生えた、生えた。歯が生えた」
ジャックは、かぶっている赤ずきんに、手をあてました。
「あ、おねがいが、一つ残っていたのに……。嫁さんに歯が生えて……。おねがいは、みんななくなってしまった」
ジャックは、とても、くやしそうな顔をしましたが、お嫁さんは、うれしそうに、白い歯を見せて笑いました。
「ああ、よかった、歯が生えて。これで、人間らしい顔になりました。ものも、はっきりいえます……。これなら、なんでもおいしくたべられます。ああ、こんなうれしいことはありません」
ジャックとお嫁さんは、欲ばりをやめて、親切な人になりました。