ぬすまれた鯉のぼり
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- このおはなしの目当て
- 鯉のぼりが、矢車の音をたてて、青空に泳いでいるようすをみると、それに乗って飛んでみたくなる。その鯉のぼりに、愛と力をたくして、子どもを救わせてみた。
- 読み聞かせのポイント
- ここに出てくるおおかみは、ヤギオを殺してしまおうというのではなく、かわいいヤギオを誘かいしたものとして取り扱ってください。おおかみが、ふろしきづつみを開いて、鯉のぼりを見せる場面は、ヤギオを喜ばせようとしているのですから、それも、心してください。
おはなし
メー、メー、メー。かわいい山羊の子、ヤギオちゃんが、恐ろしいオオカミに、つかまってしまいました。
オオカミは、ヤギオちゃんを、山おくのオオカミの家へ、つれていってしまいました。ヤギオちゃんは、こわくて、こわくて、たまりません。
「メー、メー、メー。こわいよう。ぼく、こわいよう」
ヤギオちゃんは、とうとう泣き出してしまいました。
オオカミは、恐ろしい顔をしていいました。
「こら、こら。泣いたって、だめだぞ。ここは山おくだ。さあ、泣くことをやめて、静かにしろ」
「メー、メー、メー。おかあさーん、おかあさーん」
「こら、こら。おかあさんなんか、来るものか。今日からお前は、わしの子だ。このオオカミの家で育ててやる。このオオカミが、お前のおとうさんだ」
「メー、メー、メー。いやだあ、いやだあ。オオカミの子なんかに、なるものか……。おかあさーん、おかあさーん」
ヤギオちゃんは、毎日、オオカミの家で泣きくらしました。
オオカミは、ヤギオちゃんが、逃げ出しては、いけないので、いつも見張りをしています。外に出るときは、家の戸に、じょうをかけていきます。
やがて、山おくにも春がきて、花が咲きました。五月になると、新しい葉っぱが、いっぱい、しげってきました。
ある日、オオカミは、大きなふろしきづつみを持って、帰ってきました。
「どっこいしょ」
そのふろしきづつみを、ヤギオちゃんの前に、おろしました。
「こら、ヤギオ。お前は、いつも、メソ、メソ、泣いているからな。今日は、お前をよろこばせてやろうと思ってな。よい物を、買ってきてやったぞ……。さあ、何を買ってきたか、あててみな」
ヤギオちゃんは、だまっていました。
「ヤギオ。あててみな……。ほら、コ、のつくものだよ」
コ、のつくものって、なんでしょう。ヤギオちゃんも、ちょっと考えました。
「さあ、ヤギオ、あててみな。コ、のつぎは、イ、がつくんだよ」
ヤギオちゃんは、小さな声でいいました。
「コ、のつぎにイ。あっ、コイだ」
「そうだよ。コイのつぎは、ノ、だよ」
コイのつぎがノ……。ヤギオちゃんは、もうわかりました。
「あっ、コイノボリだ」
オオカミは、そのふろしきづつみを、開きました。
「そうだよ。ほら、コイノボリ。鯉のぼりだよ。山の下の村では、今、鯉のぼりが、あがっているからな。それでヤギオが、きっとよろこぶと思って、鯉のぼりを買ってきたのだよ」
でも、ヤギオちゃんは、よろこびませんでした。鯉のぼりを見たら、おとうさんや、おかあさんのことを思い出して、悲しくなりました。
去年の五月のお節句に、ヤギオちゃんは、大きな鯉のぼりを立ててもらいました。大人のからだよりも、もっと大きな、赤い鯉のぼりでした。
高い竿の先に、矢車が、ガラ、ガラ、いきおいよく鳴って、まっかな、大きな鯉のぼりが、風をうけて、泳いでいるように見えました。
ヤギオちゃんは、おとうさんと、おかあさんのそばで、手をたたいて、よろこんで見ていた、去年の五月のお節句のことを、思い出しました。
「メー、メー、メー。おかあさーん、おうちへ帰りたいよう」
すると、オオカミは、おこっていいました。
「ヤギオのばか。せっかく、鯉のぼりを、買ってきてやったのに、泣くやつがあるか。さあ、鯉のぼりを、立ててやるから、泣くのをやめろ」
それから、オオカミは、鯉のぼりを立ててくれました。ヤギオちゃんは、鯉のぼりを見て「おや」と思いました。
その鯉のぼりは、去年の五月のお節句に、ヤギオちゃんが、立ててもらった鯉のぼりに、そっくりです。
このオオカミの、立ててくれた鯉のぼりも、高い竿の先に、矢車が、ガラ、ガラ、音をたてています。まっかな大きな鯉のぼりが、風にゆられて、泳いでいるようです。
ヤギオちゃんは、また去年のお節句のことを、思い出して泣き出しました。
「メー、メー、メー。おかあさん。おうちへ帰りたいよう」
「えいっ、やかましい。こんな子は、もう大きらいだ。わしは、これから外へ出かけるからな。わしが帰るまでに、静かにしろ。静かにしないと、かみついてやるぞ」
オオカミはほんとにおこって、家を出て、どこかへ行ってしまいました。
ヤギオちゃんは、泣いて、泣いて、泣きつかれて、とうとう眠ってしまいました。すると外の方で、呼ぶものがありました。
「ヤギオちゃん、ヤギオちゃん」
ヤギオちゃんは、ハッと、目をさましました。
「あっ、ぼくを呼んでいる。だれなの」
「ヤギオちゃん。戸をあけて、外に出ていらっしゃい」
「だめだよ。オオカミが、外からじょうをしていったから戸があかないよ」
「ヤギオちゃん、だいじょうぶです。戸はあきますよ、さあ、あけてごらん」
不思議なことに、じょうははずれていて、ヤギオちゃんは、戸をあけることができました。すると、どうでしょう。外には、ヘリコプターがありました。
「おや、これは、ヘリコプターだ」
ヘリコプターはあるけれども、だれもいません。そのヘリコプターが声をたてました。
「ヤギオちゃん。ぼくたちは、鯉のぼりです」
「えっ、そのヘリコプターが、鯉のぼりだって……」
ヤギオちゃんは、おどろいて、今まで鯉のぼりの立っていたところを見ましたが、高い竿だけ立っていて、鯉のぼりも、矢車もありません。
「あっ、鯉のぼりも、矢車もない」
「ヤギオちゃん。このヘリコプターが、鯉のぼりです。鯉のぼりが、ヘリコプターになったんです」
「えっ、鯉のぼりが、ヘリコプターになったの。では矢車は……」
「はい、矢車。ほらここに……。このプロペラが、矢車です」
「わあっ、オオカミが買ってきた鯉のぼりが、ヘリコプターになった。矢車が、ヘリコプターの、プロペラになった」
ヤギオちゃんは、おどろいてしまいました。
すると、ヘリコプターが、声を低くしていいました。
「ヤギオちゃん、この鯉のぼりは、オオカミが、買ったんじゃありません。オオカミは、ヤギオちゃんのおうちから、盗み出してきたんです」
「えっ、鯉のぼりを、オオカミが、ぼくの家から盗んできた」
「そうですよ、ヤギオちゃん。ぼくたちは、ほら、去年、ヤギオちゃんの家の外に、立ててもらった、あの鯉のぼりですよ」
去年の五月のお節句のとき、ヤギオちゃんの、家の前に立った、あの鯉のぼりを、オオカミが盗んできて、オオカミの家に立てたのです。
ヤギオちゃんは、おどろいてしまいました。
「では、どうして、ヘリコプターになったの」
「ヤギオちゃん。鯉のぼりは、よい子の味方です。よい子のヤギオちゃんが、オオカミにつかまっていることが、わかったんです。さあ、助けてあげますよ。さあさあ、このヘリコプターに、乗りなさい」
ヤギオちゃんは、よろこんで、ヘリコプターに乗りました。
「ヘリコプターになった鯉のぼりさん、ありがとう。さあ、早く、ぼくのおうちに飛んでいって」
「はい、ヤギオちゃん。さあ、出発。それ、飛びますよ」
プロペラになった矢車は、ブルン、ブルン、音をたて、あっと思うまに、ヘリコプターは、オオカミの家の、庭から飛び立って、大空へ、飛んでいきました。そこへ、オオカミが帰ってきました。
「あっ、鯉のぼりがなくなった。ヤギオの家から盗んできた、鯉のぼりがなくなった」
オオカミは、いそいで家の中を、のぞきました。
「あっ、ヤギオもいなくなった。これは、どうしたことだ」
オオカミは、空を見あげました。
青い空には、ヘリコプターが、ブルン、ブルン、音をたてて、ヤギオちゃんの家の方へ、飛んでいきました。