島の王さま

時間:14:50

おはなし:出村孝雄
え:安田裕美
作:出村孝雄
制作:Bit Beans

本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります

このおはなしの目当て
弱い者を無視している権力者も、その弱い者たちに支えられていることがある。おたがいに助けあうことの大切であることを知らせたい。
読み聞かせのポイント
カラスは札(さつ)が木の葉っぱであることを知らずに喜んでいるのですから、それがわかったときの場面は、驚きと落胆を心して、話してください。

おはなし

 広い、広い海に、島が一つありました。島には、きつねが、たくさん住んでいました。その中でも、一ばんいばっているのは、王さまギツネです。
 王さまギツネは、はたらくことはありません。毎日、ほかのきつねたちが運んでくれる、貝や魚をたべて、遊んで暮らしているのです。

 ある日。王さまギツネは、貝や魚をたべながら、ひとりごとをいいました。
 「ああ、貝や魚には、もう飽きてしまった。すこし変わったごちそうを、たべてみたい。でも困ったな。この島には、貝や魚のほかには、たべるものが、なんにもないからな」
 そのときです。どこかで、
 「カーォ、カーォ、カーォ」
 からすの声がしました。王さまギツネは、びっくりしました。見ると、そばの木の上に、カラスが一羽、とまっていました。
 「おや、カラス。お前は、どこのカラスだ」
 「カーォ、カーォ。王さま。わたしは、町から飛んできた、町のカラスでございます……。おや、王さまのような、えらいお方が、そんなまずい貝や魚ばかりを、おたべになるのですか」
 「うん。ここはこのような島だからな。これよりほかに、たべるものは、なんにもないのだ……。町のカラス、町には、おいしいものがあるのか」
 「はい、王さま。町には、おいしいものが、たくさんあります。今、わたしがここに持ってきましたのは、ほら、これはサンドイッチでございます」
 木の上のカラスは、サンドイッチを、口にくわえて見せました。

 「ほう、カラス。そのサンドイッチというものは、おいしいのか」
 「はい、おいしゅうございますとも。とてもおいしいものでございます」
 「うん、それでは、そのサンドイッチを、わしにくれないか」
 「王さま。とんでもない。このサンドイッチは、このカラスが、買ったものでございますから、ただで、さしあげることはできません。王さまが、ほしいとおっしゃるなら、売ってあげても、よろしゅうございます」
 「ほう、カラス。では、そのサンドイッチを、いくらで売ってくれるか」
 「はい。王さまのことですから、うんとおまけして、ひとつ、一万円で売ってあげましょう」
 「なに、ひとつが一万円か。なかなか高いものじゃのう。まあいいや、では一万円で売ってくれ」
 この王さまギツネは、悪いことを考えつきました。
 地面に落ちている、木の葉っぱを、一枚拾いました。

 「よし、この葉っぱを、一万円札にばかしてやろう」
 王さまギツネは、カラスに聞こえないような、小さい声で、いいました。
 「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ、一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケ
ロン、ペケロン、ペケロンパ」

 と、どうでしょう。木の葉っぱは、一万円札になってしまいました。
 「おう、カラス。では、そのサンドイッチを、一万円で売ってくれ」
 「はい、王さま。では、売ってあげましょう」
 木の上から、降りてきたカラスは、サンドイッチを、一万円で売りました。
 カラスはその一万円札が、木の葉っぱとは知らずに、大よろこびしました。
 「王さま。町には、このほかにも、おいしいものがたくさんありますから、また持ってきてあげましょう……。では、さようなら。カーォ」
 カラスは、どこかへ飛んでいきました。

 それから、王さまギツネは、
 「あのカラス。一万円札が木の葉っぱとも知らず、サンドイッチをおいていった。ばかなカラスだ……。さあ、サンドイッチを、たべることにしよう」
 と、いいながら、おいしそうに、サンドイッチを、たべていました。そこへほかのきつねたちが、集まってきました。
 「おや、王さま。おいしそうに、なにか、たべていらっしゃいますね……。それは、なんでございますか……。おねがいです。わたしたちにも、たべさせてください」
 すると、王さまギツネは、ひげをピーンとたてて、おこりました。

 「こら、なにをいうか。わしはこの島の、王さまだぞ。このサンドイッチは王さまのわしだけが、たべるものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、それをたべておればよいのだ」
 王さまギツネは、ひとりだけで、サンドイッチを、たべてしまいました。ほかのきつねたちは、
 「ああ、わたしたちも、サンドイッチというものを、たべてみたいなあ」
 みんな指をくわえて、見ていました。

 サンドイッチを、一万円で王さまに売りつけたカラスはどうしたでしょう。
 このカラスは、サンドイッチを、町の店で買ったのではありません。店から盗んできたのです。
 その盗んだサンドイッチが、一万円で売れたので大よろこびです。
 「うわー。あのサンドイッチが一万円で売れた。これはありがたい。よし、こんどは、町の菓子屋から、キャラメルを、さらってきて、あの王さまギツネに、売ってやろう……。さあ、この一万円札は、箱の中にしまっておこう」
 カラスは一万円札を、箱の中にしまっておきました。

 その次の日のことです。島の王さまギツネは、木の下に立って、カラスのくるのを、待っていました。
 「ああ、きのうのサンドイッチは、おいしかった。あのカラス、今日は、なにを持ってくるかな……。ああ、待ちどおしい」
 しばらくすると、遠くの方から、
 「カーォ、カーォ、カーォ」
 カラスの声が、聞こえてきました。
 「あっ、カラスだ」
 王さまギツネが、よろこんでいると、そばの木に、カラスがとまりました。

 「カーォ、カーォ。王さま。こんにちは」
 「おお、カラス。今日は、なにを持ってきてくれたのだ」
 「王さま。今日は、とてもおいしいものを、持ってきましたよ」
 「おいしいものって、なんだ」
 「はい。それは、とてもおいしい……。キャのつくものでございます」
 「なに、キャのつくもの……」
 「はい。それは、キャラ……」
 「なに、なに。キャラ……。キャラとは、なんだ」
 「はい。今日は、キャラメルを、持ってきました」
 「なに、キャラメル……。キャラメルとは、なんだ」
 「ほら、これが、キャラメルでございます」
 カラスは、箱にはいったキャラメルを、見せました。

 「ほう。その、キャラ、キャラ……、キャラメルというのは、おいしいか」
 「はい。とても、おいしゅうございます。このキャラメルを、一箱一万円で売ってあげましょう」
 「ほう、一万円だな」
 王さまギツネは、木の上のカラスに、わからないように、木の葉っぱを一枚拾いました。それから、小さな声で、
 「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ。一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケロン、ペケロン、ペケロンパ」
 と、いうと、木の葉は一万円札に、なってしまいました。
 「おう、カラス。では、そのキャラメルを、一万円で売ってくれ」
 カラスは、木の上から、バタ、バタ降りてくると、キャラメルを、一箱一万円で、売りました。
 カラスは、一万円札が木の葉っぱとは知らずに、
 「では、王さま。またおいしいものを、町から持ってきて、あげますからね……。さようなら。カーォ」
 と、飛んでいきました。

 それから王さまギツネは、ひとりでおいしそうに、キャラメルをたべていました。そこへやってきたのは、ほかのきつねたちです。
 「あっ、王さま。またなにか、おいしそうに、たべていらっしゃいますね。わたしたちにも、たべさせてください」
 「こら、なにをいうか。このキャラメルは、わしのものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、たべておればよいのだ」
 「ああ、わたしたちも、あのキャラメルというものを、たべたいなあ」
 ほかのきつねたちは、みんな指をくわえて、見ていました。

 その次の日のことです。カラスは町から、チョコレートを盗んで、島の王さまギツネのところへ、持ってきました。
 王さまギツネは、前と同じように、木の葉っぱを拾って、小さな声でいいました。
 「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ。一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケロン、ペケロン、ペケロンパ」
 木の葉っぱを、一万円札にすると、それで、カラスからチョコレートを買いました。そこへ、ほかのきつねたちが、集まってきました。

 「王さま。その、おいしそうなものを、わたしたちにも、たべさせてください」
 「こら、なにをいうか。わしは王さまだから、おいしいものをたべるのだ。このチョコレートは、わしのものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、たべておれば、よいのだ」
 王さまギツネは、ひとりで、そのチョコレートを、たべてしまいました。

 カラスは、毎日、毎日、町の店から、おいしいお菓子や、たべものを、盗んできては、王さまギツネに売っていました。
 ある日、カラスは一万円札のたくさんしまってある、箱のそばにきました。
 「うん。もうお金は、たくさんたまっているにちがいない。箱の中は、一万円札で一ぱいに、なってしまったからな。どれ、いくらたまったか、調べてみよう」
 カラスは、箱のふたをあけて、おどろきました。
 「わあ、これは、これは。木の葉っぱ。木の葉っぱ……。一万円札ではなくて、みんな木の葉っぱだあ」
 箱の中に、一万円札は、一枚もありません。みんな木の葉でした。

 島の王さまギツネは、カラスが、おいしいものを、持ってきてくれるのを、待っていましたが、いくら待っても、もうこなくなりました。
 おなかがすいた王さまギツネは、海べではたらいているきつねたちのそばへ、やってきました。そして、大きな声でいいました。
 「おう、みんな。その貝や魚を、ここへ持ってこい。わしがたべてやる」
 でも、きつねたちは、王さまギツネに、見むきもせずに、はたらきながらいいました。
 「王さま。こんな貝や魚は、王さまのようなえらいお方のたべるものではありません。王さまは、町のカラスが持ってきてくれる、おいしいものを、めしあがってください」
 王さまギツネは、きっと、自分の悪かったことに気づいたことでしょうね。