島の王さま
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 弱い者を無視している権力者も、その弱い者たちに支えられていることがある。おたがいに助けあうことの大切であることを知らせたい。
- 読み聞かせのポイント
- カラスは札(さつ)が木の葉っぱであることを知らずに喜んでいるのですから、それがわかったときの場面は、驚きと落胆を心して、話してください。
おはなし
広い、広い海に、島が一つありました。島には、きつねが、たくさん住んでいました。その中でも、一ばんいばっているのは、王さまギツネです。
王さまギツネは、はたらくことはありません。毎日、ほかのきつねたちが運んでくれる、貝や魚をたべて、遊んで暮らしているのです。
ある日。王さまギツネは、貝や魚をたべながら、ひとりごとをいいました。
「ああ、貝や魚には、もう飽きてしまった。すこし変わったごちそうを、たべてみたい。でも困ったな。この島には、貝や魚のほかには、たべるものが、なんにもないからな」
そのときです。どこかで、
「カーォ、カーォ、カーォ」
からすの声がしました。王さまギツネは、びっくりしました。見ると、そばの木の上に、カラスが一羽、とまっていました。
「おや、カラス。お前は、どこのカラスだ」
「カーォ、カーォ。王さま。わたしは、町から飛んできた、町のカラスでございます……。おや、王さまのような、えらいお方が、そんなまずい貝や魚ばかりを、おたべになるのですか」
「うん。ここはこのような島だからな。これよりほかに、たべるものは、なんにもないのだ……。町のカラス、町には、おいしいものがあるのか」
「はい、王さま。町には、おいしいものが、たくさんあります。今、わたしがここに持ってきましたのは、ほら、これはサンドイッチでございます」
木の上のカラスは、サンドイッチを、口にくわえて見せました。
「ほう、カラス。そのサンドイッチというものは、おいしいのか」
「はい、おいしゅうございますとも。とてもおいしいものでございます」
「うん、それでは、そのサンドイッチを、わしにくれないか」
「王さま。とんでもない。このサンドイッチは、このカラスが、買ったものでございますから、ただで、さしあげることはできません。王さまが、ほしいとおっしゃるなら、売ってあげても、よろしゅうございます」
「ほう、カラス。では、そのサンドイッチを、いくらで売ってくれるか」
「はい。王さまのことですから、うんとおまけして、ひとつ、一万円で売ってあげましょう」
「なに、ひとつが一万円か。なかなか高いものじゃのう。まあいいや、では一万円で売ってくれ」
この王さまギツネは、悪いことを考えつきました。
地面に落ちている、木の葉っぱを、一枚拾いました。
「よし、この葉っぱを、一万円札にばかしてやろう」
王さまギツネは、カラスに聞こえないような、小さい声で、いいました。
「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ、一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケ
ロン、ペケロン、ペケロンパ」
と、どうでしょう。木の葉っぱは、一万円札になってしまいました。
「おう、カラス。では、そのサンドイッチを、一万円で売ってくれ」
「はい、王さま。では、売ってあげましょう」
木の上から、降りてきたカラスは、サンドイッチを、一万円で売りました。
カラスはその一万円札が、木の葉っぱとは知らずに、大よろこびしました。
「王さま。町には、このほかにも、おいしいものがたくさんありますから、また持ってきてあげましょう……。では、さようなら。カーォ」
カラスは、どこかへ飛んでいきました。
それから、王さまギツネは、
「あのカラス。一万円札が木の葉っぱとも知らず、サンドイッチをおいていった。ばかなカラスだ……。さあ、サンドイッチを、たべることにしよう」
と、いいながら、おいしそうに、サンドイッチを、たべていました。そこへほかのきつねたちが、集まってきました。
「おや、王さま。おいしそうに、なにか、たべていらっしゃいますね……。それは、なんでございますか……。おねがいです。わたしたちにも、たべさせてください」
すると、王さまギツネは、ひげをピーンとたてて、おこりました。
「こら、なにをいうか。わしはこの島の、王さまだぞ。このサンドイッチは王さまのわしだけが、たべるものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、それをたべておればよいのだ」
王さまギツネは、ひとりだけで、サンドイッチを、たべてしまいました。ほかのきつねたちは、
「ああ、わたしたちも、サンドイッチというものを、たべてみたいなあ」
みんな指をくわえて、見ていました。
サンドイッチを、一万円で王さまに売りつけたカラスはどうしたでしょう。
このカラスは、サンドイッチを、町の店で買ったのではありません。店から盗んできたのです。
その盗んだサンドイッチが、一万円で売れたので大よろこびです。
「うわー。あのサンドイッチが一万円で売れた。これはありがたい。よし、こんどは、町の菓子屋から、キャラメルを、さらってきて、あの王さまギツネに、売ってやろう……。さあ、この一万円札は、箱の中にしまっておこう」
カラスは一万円札を、箱の中にしまっておきました。
その次の日のことです。島の王さまギツネは、木の下に立って、カラスのくるのを、待っていました。
「ああ、きのうのサンドイッチは、おいしかった。あのカラス、今日は、なにを持ってくるかな……。ああ、待ちどおしい」
しばらくすると、遠くの方から、
「カーォ、カーォ、カーォ」
カラスの声が、聞こえてきました。
「あっ、カラスだ」
王さまギツネが、よろこんでいると、そばの木に、カラスがとまりました。
「カーォ、カーォ。王さま。こんにちは」
「おお、カラス。今日は、なにを持ってきてくれたのだ」
「王さま。今日は、とてもおいしいものを、持ってきましたよ」
「おいしいものって、なんだ」
「はい。それは、とてもおいしい……。キャのつくものでございます」
「なに、キャのつくもの……」
「はい。それは、キャラ……」
「なに、なに。キャラ……。キャラとは、なんだ」
「はい。今日は、キャラメルを、持ってきました」
「なに、キャラメル……。キャラメルとは、なんだ」
「ほら、これが、キャラメルでございます」
カラスは、箱にはいったキャラメルを、見せました。
「ほう。その、キャラ、キャラ……、キャラメルというのは、おいしいか」
「はい。とても、おいしゅうございます。このキャラメルを、一箱一万円で売ってあげましょう」
「ほう、一万円だな」
王さまギツネは、木の上のカラスに、わからないように、木の葉っぱを一枚拾いました。それから、小さな声で、
「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ。一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケロン、ペケロン、ペケロンパ」
と、いうと、木の葉は一万円札に、なってしまいました。
「おう、カラス。では、そのキャラメルを、一万円で売ってくれ」
カラスは、木の上から、バタ、バタ降りてくると、キャラメルを、一箱一万円で、売りました。
カラスは、一万円札が木の葉っぱとは知らずに、
「では、王さま。またおいしいものを、町から持ってきて、あげますからね……。さようなら。カーォ」
と、飛んでいきました。
それから王さまギツネは、ひとりでおいしそうに、キャラメルをたべていました。そこへやってきたのは、ほかのきつねたちです。
「あっ、王さま。またなにか、おいしそうに、たべていらっしゃいますね。わたしたちにも、たべさせてください」
「こら、なにをいうか。このキャラメルは、わしのものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、たべておればよいのだ」
「ああ、わたしたちも、あのキャラメルというものを、たべたいなあ」
ほかのきつねたちは、みんな指をくわえて、見ていました。
その次の日のことです。カラスは町から、チョコレートを盗んで、島の王さまギツネのところへ、持ってきました。
王さまギツネは、前と同じように、木の葉っぱを拾って、小さな声でいいました。
「葉っぱ、葉っぱ、葉っぱっぱ。一万円、一万円、一万円札になーれ。ペケロン、ペケロン、ペケロンパ」
木の葉っぱを、一万円札にすると、それで、カラスからチョコレートを買いました。そこへ、ほかのきつねたちが、集まってきました。
「王さま。その、おいしそうなものを、わたしたちにも、たべさせてください」
「こら、なにをいうか。わしは王さまだから、おいしいものをたべるのだ。このチョコレートは、わしのものだ。おまえたちは、貝や魚をとって、たべておれば、よいのだ」
王さまギツネは、ひとりで、そのチョコレートを、たべてしまいました。
カラスは、毎日、毎日、町の店から、おいしいお菓子や、たべものを、盗んできては、王さまギツネに売っていました。
ある日、カラスは一万円札のたくさんしまってある、箱のそばにきました。
「うん。もうお金は、たくさんたまっているにちがいない。箱の中は、一万円札で一ぱいに、なってしまったからな。どれ、いくらたまったか、調べてみよう」
カラスは、箱のふたをあけて、おどろきました。
「わあ、これは、これは。木の葉っぱ。木の葉っぱ……。一万円札ではなくて、みんな木の葉っぱだあ」
箱の中に、一万円札は、一枚もありません。みんな木の葉でした。
島の王さまギツネは、カラスが、おいしいものを、持ってきてくれるのを、待っていましたが、いくら待っても、もうこなくなりました。
おなかがすいた王さまギツネは、海べではたらいているきつねたちのそばへ、やってきました。そして、大きな声でいいました。
「おう、みんな。その貝や魚を、ここへ持ってこい。わしがたべてやる」
でも、きつねたちは、王さまギツネに、見むきもせずに、はたらきながらいいました。
「王さま。こんな貝や魚は、王さまのようなえらいお方のたべるものではありません。王さまは、町のカラスが持ってきてくれる、おいしいものを、めしあがってください」
王さまギツネは、きっと、自分の悪かったことに気づいたことでしょうね。