シカのめがね
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- シカとカエルの友情の深さを知らせ、いたわり助けあうことの美しさを感じさせたい。
- 読み聞かせのポイント
- カエルや野ねずみが、たくさん現われてくる場面では、そのなき声の擬声音に興味を持たせてください。
おはなし
山の中に、シカの家がありました。
このシカは、どうしたことでしょう。目がよく見えないのです。
でも、シカには、よい友だちがいました。それは、家の前の池にいるカエルたちです。カエルたちは、毎日のように、シカの家の近くに集まってきます。
「ゲロ、ゲロ、ゲロ……。シカさん、シカさん、遊びましょ」
シカは、よく見えない目を、ショボ、ショボさせながら、家から出てきます。
「やあ、カエルさんたち。今日は、どんなお話をしてくれるのかね」
カエルたちは、池の中のコイが、フナとけんかをしたお話や、野原でヘビを見つけて、びっくりしたお話などを、聞かせてくれました。
ある晩のことです。
シカは家の中に、ひとりぼっちで、昼間、カエルたちから聞いたお話を、思い出していました。
「明日は、カエルさんたち、どんなお話をしてくれるかな……。さあ、もう寝ることにしよう」
シカが、寝ようとしたときです。
家の戸を “トン、トン” たたくものがあります。
「おねがいです。あけてください」
「おや、だれだろう」
外では、しきりに “トン、トン” 戸をたたいています。
その声は、おじいさんのような声です。
「おねがいです。戸をあけてください……。夜になって、まっくらなので、道がわからなくて、困っています」
「まあ、それは、かわいそうに」
シカは、戸をあけてやりました。
「さあ、中へ、おはいりください……。あなたは、どなたですか……。わたくしは、目がよく見えないのです」
「シカさん、わしはヤギです」
「ああ、ヤギさんですか。さあ、中へおはいりください。さあ、さあ、どうぞ……」
ヤギは、シカの家へはいると、おなかをおさえながら、いいました。
「シカさん、わしは、長い間、なんにもたべていません……。なにか、たべさせてくださいませんか」
「おや、ヤギさん、おなかが、すいているんですか……。それなら、ここに、だいこんや菜っぱがたくさん……。ウ、ウン、たくさんごちそうしたいのですが、悪い野ねずみたちが、たべていってしまいました」
「え、シカさん。このへんには、野ねずみがいるのですか」
「はい、その野ねずみたちが、ときどきやってきて、だいこんや菜っぱを、たべていくんです……。野ねずみが来ても、わたくしは、目が見えないから、どうすることもできません……。でも、ヤギさん。あなたのたべるくらいはありますからね……。さあ、おたべください」
シカは、ヤギに、だいこんや菜っぱを、ごちそうしました。
ヤギは、とてもおいしそうに、だいこんや菜っぱを、たべてしまいました。
「ああ、おいしかった……。シカさん、ほんとにありがとう……。ときにシカさん。目が見えなくては、お気のどくですね。シカさん、シカさんに、よいものをあげましょう」
「えっ、よいものって、なんのことですか」
「ほら、シカさん、これはめがねです。このめがねをかけてごらんなさい」
シカは、ヤギから、めがねをもらいました。そのめがねをかけてみると、まあ、見えること、見えること。あたりのものは、なんでもよく見えます。
「わあ、見える、見える、よく見える……。おや、ヤギさん、ヤギさんは、りっぱな白いおひげのおじいさんですね。ヤギのおじいさん。こんなすばらしいめがねをくださって、ありがとうございました」
「シカさん、よく見えてよかったね……。もう、野ねずみがきたって、だいじょうぶ。そのめがねをかけておれば、どんな小さなものでも、どんな遠くのものでも、見えますからね……。さあ、では、今夜は、ここで泊めてもらいますよ」
ヤギのおじいさんは、その晩は、シカの家に泊めてもらって、朝になると、何処かへ行ってしまいました。
それから、しばらくたったある日のことです。
シカの家に、ゾロ、ゾロ、はいってきたのは野ねずみたちでした。
「チュッ、チュク、チュー。チュッ、チュク、チュウー。さあさ、引き出せ、盗み出せ……。だいこん、菜っぱ持っていこ……。チュッ、チュク、チュー。チュッ、チュク、チュー」
シカの家にはいった野ねずみたちは、シカにむかっていいました。
「やあい、なんにも見えないシカ。このだいこんや菜っぱを持っていくぞ」
すると、シカは、めがねをかけて、首をあげると、大きな声でいいました。
「こらっ、野ねずみたち。わしはこのとおり、めがねをかけているんだ……。なんだって見えるんだぞ……。そら、おまえたち野ねずみを、数えてみようか……。一ぴき、二ひき、三びき……。おや、その野ねずみ、ひげが切れていらあ……。おまえたち、みんなかかってきても、このシカは負けないぞ……。さあ、来い」
シカは、野ねずみを、めがねごしに、にらみつけながら、ノッシ、ノッシ近づいていきました。
野ねずみたちは、びっくりしました。
「チュッ、チュク、チュー。わあ、シカの目が見えるようになった……。それ、逃げろ!」
野ねずみたちは、みんな逃げていってしまいました。
めがねをかけたシカは、どんな小さなものでも、遠くのものでも、よく見えました。毎日、野原をかけまわったり、池のカエルたちとお話をしたり、とても楽しくくらしていました。
ところが、また、大変なことになりました。
ある晩のことです。シカは家の中で、グッスリ眠っていました。そこへしのびこんできたのは、野ねずみたちでした。
「シッ、静かに……。ほら、シカは、よく眠っているぞ……。さあ、いまのうちにシカのめがねを持っていこう」
野ねずみたちは、シカのそばにおいてあっためがねを、かつぎあげました。
野ねずみたちは、そのめがねを、家の外へ運んで、池の端まできました。
「さあ、このめがねを、池の中へ、投げこんでしまおう」
「よし、さあ、力をあわせて、そら、そら……」
“ポチャーン”
とうとう、シカの大切なめがねを、池の中へ投げこんでしまいました。
つぎの朝、シカは目をさましましたが、めがねがなくなっているのに、おどろきました。
「あ、めがねがない……。ここにおいてあっためがねがなくなった……。だれかが、めがねを持っていったのだ……。そうだ、こんな悪いことをするのは、野ねずみにちがいない。ああ、どうしよう。また、目が見えなくなった」
ちょうど、そのときです。
「ゲロ、ゲロ、ゲロ……。シカさん、シカさん、遊びましょ」
まだ、朝も早いのに、カエルたちが、やってきました。
めがねをなくしたシカは、ヨロ、ヨロと、手さぐりをしながら、外に出てきました。
「ああ、カエルさんたち。わたくしの大切なめがねを、ゆうべのうちに、野ねずみに、とられてしまったんです」
「え、シカさんのめがねを、野ねずみがとっていったって……。悪い野ねずみのやつ、どこへ持っていったんだろう」
すると、一ぴきのカエルが「ゲロ、ゲロ、ゲロ」頭をあげました。
「あ、ゆうべ、池の中で、ボチャーンと、大きな音がしたよ」
また「ゲロ、ゲロ、ゲロ」頭をあげたのは、いちばん大きなカエルでした。
「よし、では、みんなで、池の中をさがしてみよう。シカさんのめがねが見つかるかも知れないよ……。さあ、みんな、池の端にならんで……」
カエルたちは「ゲロ、ゲロ、ゲロ」みんな、池の端にならびました。
「さあ、みんな、池の中へ、とびこめ」
大きなカエルの号令で、カエルたちは、ザブン、ザブン、ザブーン、池の中へ、とびこみました。
さあ、めがねは見つかるでしょうか……。シカは心配しながら、池の端に立っていました。
いつまでたっても、カエルたちは、池から出てきません。
「ああ、やっぱり、めがねは見つからないのだ……。せっかく、ヤギのおじいさんから、よく見えるめがねを、もらったのに……」
シカは、見えない目を、ショボ、ショボ、させながら、カエルたちが、池から出てくるのを、待っていました。
ところが、シカのそばへきたのは、カエルではなくて、野ねずみたちでした。野ねずみが、ゾロ、ゾロ、シカのそばに、やってきました。
「チュッ、チュク、チュー。チュッ、チュク、チュー……。めがねがなくなりゃ、もう平気……。さあさ、引き出せ、盗み出せ……。だいこん、菜っぱ、持っていこ……。チュッ、チュク、チュー。チュッ、チュク、チュー」
野ねずみたちは、みんなシカの家へ、はいっていきました。
目の見えないシカは、池の端で、ウロ、ウロするだけです。
ところが、そのとき、池の中から、カエルたちが出てきました。
「ゲロ、ゲロ、ゲロ、めがねだ、めがねだ……。ヨイショ、ヨイショ」
カエルたちは、みんなで力をあわせて、めがねをかついできました。
「シカさん、ほら、池の中に、めがねがありましたよ」
「えっ、めがね……。カエルさんたち、ありがとう」
シカは、カエルたちの持ってきてくれた、めがねをかけると、家の中へとび込んでいきました。
「こらっ、野ねずみたち。めがねは、このとおり取りもどしたぞ……。さあ、もう負けないぞ……。だいこん、菜っぱ、持っていけたら、持っていってみろ……」
野ねずみたちは、びっくりしました。
「わあ、シカがめがねをかけた……。それ、逃げろ」
とうとう、野ねずみたちは、みんな逃げていってしまいました。
めがねをかけたシカは、また、野原をかけまわったり、カエルたちとお話をしたり、とても楽しく、くらすことができました。