負けたっていいの

時間:14:19

おはなし:出村孝雄
え:田島和泉
著書:出村孝雄
制作:Bit Beans

本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります

このおはなしの目当て
とかく競争の激しい現代では、劣敗のうき目をみる子が多い。しかし、競争の結果を云々することよりも、真剣にとっくめばそれでよい。たとえその競争に負けても、どの子にも、その子自身の長所のあることを感じさせたい。
読み聞かせのポイント
ウサコは、いつもにこやかな、かわいい女の子ですから、負けたときの表情や言葉も、にこやかさを、くずさないようにしてください。水槽によじのぼったコンタやワンキチが、いばる場面がありますが、この両者のせりふは、いかにも憎らしく工夫して語ってください。

おはなし

 うさぎのウサコちゃんのところへ、きつねのコンタが、やって来ました。
 「ウサコちゃん、遊ぼうよ」
 「ええ、いいわ。なにして遊ぶの」
 「力くらべしよう」
 「コンタちゃん。力くらべって、なにするの」
 「ウサコちゃん、ぼく、ここに太いつなを、持って来たんだ……。さあ、このつなで、つなひきをしよう」
 コンタは、ウサコちゃんの前に、太くて長いつなを、のばして見せました。

 「ほら。ウサコちゃんは、そちらのはしを持ってね。ぼくは、こちらのはしを持つよ……。そして、一、二の三で、このつなをひっぱるのだよ……。ね。さぁ、つなひきをしよう」
 「わたし、はじめてだけれど、やってみるわ」
 ウサコちゃんとコンタは、つなひきをはじめました。コンタが、
 「エーンヤ」
 と、かけ声をかけて、つなをひくと、ウサコちゃんも、
 「エーンヤ」
 力いっぱい、つなをひっぱりました。
 「エーンヤ」「エーンヤ……」

 声をはりあげて、ひっぱっているうちに、ウサコちゃんは、グン、グン、コンタにひっぱられて、とうとう、つなから手をはなしてしまいました。
 さあ、たいへんです。コンタは、ステーンと、しりもちを、ついてしまいました。
 「おお、痛い、痛い。しりもち、ついちゃった……。でも、つなひきは、ぼくが勝ったんだぞ。ウサコちゃんの弱虫やーい」
 ウサコちゃんは、負けても平気な顔で、ニコ、ニコ、笑っていました。
 「コンタさん、強いわねえ。わたし、負けちゃった。でも、わたし、一生けんめい、つなひきしたから、負けたっていいの」

 その次の日、ウサコちゃんのところに、犬のワンキチが、遊びに来ました。
 「ウサコちゃん。遊ぼうよ」
 「ええ、いいわ。なにして遊ぶの」
 「かけくらべしようよ」
 「かけくらべって、どこまで走っていくの」
 「ウサコちゃん。ほら、ずっとむこうに、松の木が立っているだろう。あの松の木の根もとまで、どっちが早いか、競争しよう」
 ワンキチは、足もとに、一本の線をひきました。

 「ウサコちゃん。ここがスタートラインだ。この線の上に、ぼくとならんで立つんだ」
 「はい。ここに立つのね。では競争しましょう」
 ウサコちゃんは、ワンキチとならんで、スタートラインに立ちました。
 「よーい、ドン」
 ワンキチが号令をかけると、ウサコちゃんは、ワンキチといっしょに、走りだしました。
 ピョン、ピョン、ピョン。ウサコちゃんは、一生けんめいに走りましたが、ワンキチには、かないません。ワンキチは、すごいスピードで、松の木の根もとに向かって、走っていってしまいました。
 「やーい、ウサコちゃんは、おそいなあ。ぼく、もう、松の木まで、来てしまったよ」
 ワンキチが、松の木の下で休んでいると、ウサコちゃんが、ピョン、ピョン、走ってきました。

 「ワンキチさんは、早いわねえ」
 「ウサコちゃんは、おそいなあ。ぼくは、競争に勝ったんだぞ」
 ウサコちゃんは、負けても、平気な顔で、ニコ、ニコ、笑っていました。
 「ワンキチさんは、早いわねえ。わたし、負けちゃった。でも、わたし、一生けんめいに走ったのだから、負けたっていいの」

 また、その次の日です。うさぎのウサコちゃんのところに、犬のワンキチと、きつねのコンタが、やってきました。
 「ウサコちゃん、遊ぼうよ」
 「ええ、いいわ。ワンキチさん、コンタさん。なにをして遊ぶの」
 「競争して遊ぼうよ」
 「今日は、なにを競争するの」
 ワンキチと、コンタが、顔を見あわせて、かわるがわるいいました。
 「さっきコンタくんと相談して、よいことをきめたんだ。ね、コンタくん」
 「そうなんだよ。ぼくとワンキチくんがね。象のゾウタおじさんのところの水おけに、のぼっていく競争をするんだけどね。ウサコちゃんも、いっしょにやろうよ」
 「えっ、あの鼻の長い、象のゾウタおじさんの家の、大きな水おけへ、のぼっていくの……。ええ、いいわ。わたしも競争するわ」

 象のゾウタおじさんの、家の前には、大きな水おけがありました。それは象のからだのように、とても大きな水おけでした。
 ウサコちゃんは、ワンキチと、コンタと、水おけのそばに来ました。
 ウサコちゃんは、この大きな水おけを、見あげました。
 「この水おけ、屋根にとどきそうね。中に水が、はいっているのかしら」
 すると、ワンキチがいいました。

 「水おけだから、水は、はいっているさ……。な、コンタくん」
 「そうだよ。ゾウタおじさんは、からだが大きいから、たくさんの水を、飲むんだよ。だから水おけも、大きいのさ。この水おけへ、よじのぼって、水を飲んだって、いいんだよ。さあ、競争して、この水おけへ、のぼってみよう」
 ウサコちゃんと、ワンキチと、コンタは、大きな水おけの下に、ならんで立ちました。ワンキチが、
 「それでは、ぼく、号令かけるよ。よーい……」
 と、いったとき、もうコンタは、のぼっていこうとして、おけに足をかけました。

 「コンタくん、ずるいぞ。よーいで、のぼっては、いけないんだ。よーい、ドン、といったら、のぼっていくんだよ」
 ワンキチに注意されて、コンタは、びっくりして、足をひっこめました。
 「では、もう一ぺんやりなおし。では、号令かけるよ。よーい……。あっ、いけない。またコンタくんが、おけに足をかけたよ」
 コンタは、またびっくりして、足をひっこめました。

 「コンタくん。こんど号令より先に足をかけたら負けにするよ。いいかい」
 「ワンキチくん、だいじょうぶだ。こんどは、号令のかかるまで、じっとしているよ」
 「では、ほんとに号令かけるよ……。よーい……ドン」
 さあ、ウサコちゃんも、ワンキチも、コンタも、大きなおけに、よじのぼっていきました。
 「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
 のぼっていくうちに、ウサコちゃんは、おくれてしまいました。ワンキチとコンタは、ウサコちゃんを、あとにして、グン、グン、のぼっていきます。
 ウサコちゃんは、それでも一生けんめいでした。
 「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
 かけ声をかけて、のぼっていったのに、ウサコちゃんの足がすべりました。

 あっ、あぶない、あぶない……。とうとう、ウサコちゃんは、ステーンと、すべりおちて、しりもちを、ついてしまいました。
 「おお、痛い」
 水おけから、すべりおちたウサコちゃんは、おしりをさすりながら、起きあがりました。大きな水おけの上の方では、ワンキチとコンタが、同じくらいの高さのところを、
 「ヨイショ、ドッコイショ。ヨイショ、ドッコイショ」
 と競争しながら、よじのぼっていきます。

 とうとうワンキチとコンタは、大きな水おけの上まで、よじのぼりました。
 ワンキチとコンタは、下にいるウサコちゃんを、見おろしました。
 「やあい。ウサコちゃんは、ここまで、のぼれないよう……。な、コンタくん。ウサコちゃんは、どんな競争にも勝てないな」
 「ほんとだ。ウサコちゃんは、いつも競争に負けているよ……。やあい、ウサコちゃんなんか、だめだあい」
 ワンキチとコンタは、ウサコちゃんを、さんざんばかにしましたが、ウサコちゃんは、平気な顔でした。

 「いいの、わたし。一生けんめいに、のぼろうとして、負けたんだから、しかたがないの」
 水おけの上にあがったワンキチが、コンタにいいました。
 「コンタくん、ぼくらいっしょに、ウサコちゃんに勝ったんだから、大きな声で、バンザイしよう」
 「うん、ワンキチくん。では、やろう」
 ワンキチとコンタは、声をそろえて、
 「バンザーイ」
 と、叫んで、手をあげました。

 そのときです。あっ、あぶない。ワンキチとコンタは、手をあげたとたんに、大きな水おけの中に、ザブーンと、落ちてしまいました。
 水おけの中には、水がいっぱいはいっています。ワンキチもコンタも、せが立ちません。
 「助けてえ。助けてえ」
 と、呼びつづけました。ウサコちゃんは、おどろきました。
 「これはたいへんだ……。ほっておいたら、ワンキチさんもコンタさんも、水につかって死んでしまう……。どうしよう……。あっ、よいことがあるわ」
 ウサコちゃんは、象のゾウタおじさんを、呼んできました。
 「ゾウタおじさん、たいへんです。この水おけの中に、ワンキチさんとコンタさんが、落ちてしまいました。おねがいです。助けてやってください」
 ゾウタおじさんは、あわててしまいました。

 「助けるって、どうして助けるんだい」
 「ゾウタおじさん。そら、その長い鼻で、水おけの水を吸い出してやって……。それから、その鼻で、ワンキチさんとコンタさんを、水おけから出してやってね……。さあ、早く、早く」
 ゾウタおじさんは、
 「ああ、よしよし。それっ」
 長い鼻を、水おけの中に入れると、水をグイーッと、吸いあげて、シューッと、外へ出しました。
 グイーッ、シュー。グイーッ、シュー。水おけの中の水は、吸いあげられて外へ出されました。

 水おけの外にいるウサコちゃんが、大きな声でいいました。
 「ワンキチさん、コンタさん、早く、ゾウタおじさんの鼻につかまって、早く、早く」
 ワンキチとコンタは、ゾウタおじさんの長い鼻の先に、グルリと巻かれて、水おけの中から、助け出されました。

 ワンキチとコンタは、ウサコちゃんの前で、ペコン、ペコン、頭をさげました。
 「ウサコちゃん。助けてくれてありがとう。競争に負けたからといって、ばかにして、ごめんね」
 でも、ウサコちゃんは、いばりませんでした。
 「いいの。わたしは、ただ一生けんめいに、ゾウタおじさんに、助けをたのんだだけなの」
 ウサコちゃんの前で、ワンキチとコンタは、なんべんもなんべんも、
 「ありがとう、ありがとう」
 と、いって、頭をさげていました。