さるまねのサルキチ
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 奇抜なことは、ひとめをひくけれども、その人に調和がとれないと、むしろ滑けいになる。きざな格好だけをつけていばることのむなしさを暗示してみた。
- 読み聞かせのポイント
- この童話の中に猿にちなんだ童謡を三つ出しましたが、ご存じの歌ならば、なんでもよいと思います。軽く歌ってやってください。外国の猿が、日本語で話していますが、これは拙い日本語で面白味を出してください。
おはなし
山の山の、ずっと山おくに、さるのサルキチが住んでいました。
ある日のことです。サルキチは、山をおりて、川のふちまできました。
サルキチは、川のふちに、舟が一そう、つないであるのを、見つけました。
「あっ、舟だ。ぼく、この舟に乗って、こいでみよう」
サルキチは、舟に乗ると、かいをにぎりました。
「それっ、こぐぞ」
サルキチは、力いっぱい舟をこぎました。
そのうちに、サルキチは、川の入り口まで、きてしまいました。
そこは、舟のたくさんいる港でした。サルキチは、港の波止場にあがって、海をみました。
「わあ、たくさんの舟だ。みんな旗をたてている。日の丸ヒラヒラ、日本の舟。あれは、アメリカ星条旗。あの舟、イギリス。あの舟、オランダ。わあ、たくさんの舟だなあ」
しばらくすると、サルキチのいる、波止場に向かって、舟がきました。
「あっ、あの舟。中国の旗をたてている。あれは中国の舟だな」
やがて中国の舟からさるがおりてきて、サルキチのそばに、やってきました。
サルキチの着ているのは、でんちという、みじかい羽織りのような、そでなしの日本の着物です。けれども中国のさるは、長い中国の服を、着ていました。
中国のさるは、サルキチの前で、めずらしそうに、でんちを着たサルキチを、ながめていました。
「おお、あなた。日本、さるありますか」
「はい。ぼく、さるのサルキチです」
「おお、あなた、サルキチさん。なかなか、よいさるありますね。わたし、中国のさる、わたし名前、ユワンホウ、どうぞよろしく」
「へえ、ユワンホウさん。ユワンホウさんって、へんな名前ですね」
「サルキチさん。わたし、日本の歌、知りたい。歌ってくたさい」
「えっ、ユワンホウさん。日本の歌を知りたい。困っちゃったなあ。ぼくは歌、へたですよ」
「へた、よろしい。へた、よろしい。歌ってくたさい」
「よし。では、ぼく、歌います」
エッサエッサ、エッサホイサッサ
お猿のかごやは、ホイサッサ
日暮れの山道、細い道……。
サルキチが歌うと、中国のユワンホウは、大よろこびをしました。
「シェー、シェー、サルキチさん」
「えっ、ユワンホウさん。シェー、シェーって、なんのこと」
「おお、シェー、シェー。これ中国の言葉、ありかとういうこと」
「えっ、ありがとうということを、シェー、シェーって、いうんですか。へんな言葉ですね」
「サルキチさん。お礼に中国の服をあけましょう」
サルキチは、ユワンホウから中国の服を、もらいました。
「わあ、これはこれは、ユワンホウさん。ありがとう、ありがとう。そうだ中国の言葉で……、シェー、シェー。ほんとにどうも、シェー、シェー」
「おお、サルキチさん、さよなら」
中国のさるのユワンホウは、どこかへ、いってしまいました。
しばらくすると、サルキチのいる波止場に、また舟がきました。それは、インドネシアの舟でした。
その舟から、インドネシアのさるが、サルキチのそばへ、やってきました。
インドネシアのさるは、サロンという長い布を、腰に巻いていました。
このインドネシアのさるも、サルキチの着ているでんちを、めずらしそうに、見ていました。
「おお、あなた。日本のサルですか」
「はい、ぼく。さるのサルキチです」
「おお、あなた、サルキチさん。よいさるね。わたし、インドネシアのさる、名前、モニャット。どうぞよろしく」
「へえ、モニャットさん。へんな名前ですねえ」
「サルキチさん。わたし、日本の歌、聞きたい。歌ってください」
「えっ、モニャットさん。日本の歌、聞きたいって、困っちゃったなあ。ぼくは、歌、へたですよ」
「へた、よろしい。へた、よろしい。歌ってください」
「よし。じゃ、ぼく、歌いますよ」
お山のお猿は、まりがすき
てんてん まりつきゃおどりだす
ほんにお猿は、どうけもの……。
サルキチが歌うと、インドネシアのさる、モニャットは、大よろこびをしました。
「テレマカシー。テレマカシー。サルキチさん」
「えっ、モニャットさん。テレマカシーって、なんのこと」
「おお、テレマカシー。これ、インドネシアの言葉。ありがとう、いうことです」
「へえ、ありがとうということを、インドネシアでは、テレマカシーと、いうんですか。へんな言葉ですね」
「サルキチさん、テレマカシー。そのお礼に、サロン、あげましょう。このサロン、腰に巻きなさい」
サルキチは、モニャットから、インドネシアのサロンをもらいました。
「わあ、これは、インドネシアのサロン。モニャットさん、ありがとう。そうだ。インドネシアの言葉で……、テレマカシー、テレマカシー」
「おお、サルキチさん、さようなら」
インドネシアのさる、モニャットは、どこかへ、いってしまいました。
また、しばらくすると、サルキチのいる波止場に、舟に乗って、アメリカのさるが、やってきました。
アメリカのさるは、洋服を着て、首にネクタイを、していました。
アメリカのサルは、サルキチの着ているでんちを、めずらしそうに、じっと見ていました。
「おお、あなた。日本のさる、ありますねえ」
「はい。ぼく、さるのサルキチです」
「おお、あなた、サルキチさん。わたし、アメリカのさる、名前モンキー。どうぞよろしく」
「へえ、モンキーさん。へんな名前ですねえ」
「サルキチさん。わたし、日本の歌、聞きたい。歌ってください」
「えっ、日本の歌を、歌うんですか。困っちゃったなあ。ぼくは歌、へたですよ」
「へたでよろしい。へたでよろしい。歌ってください」
「よし、じゃ、ぼく、歌いますよ」
動物園のお猿さんは
親ざる子ざる
あれあれ、ブランコしているよ
ユラユラ、ユラユラ、ゆれてるよ……。
サルキチが歌うと、アメリカのモンキーは、大よろこびをしました。
「サンキュー。サンキュー。サルキチさん」
「えっ、モンキーさん。サンキューって、なんのこと」
「おお、サンキュー。これアメリカの言葉。ありがとう、いうことです」
「へえ、ありがとうを、アメリカでは、サンキューって、いうんですか」
「サルキチさん、サンキュー。お礼に、ネクタイあげましょう」
サルキチは、アメリカのモンキーから、ネクタイをもらいました。
「わあ、これは美しいネクタイ。モンキーさん、ありがとう。そうそう、アメリカの言葉で……。サンキュー、サンキュー」
「おお、サルキチさん。さようなら」
アメリカのさる、モンキーは、どこかへ、いってしまいました。
サルのサルキチは、今まで着ていたでんちをぬいで、中国のユワンホウからもらった、中国の服を着ました。それから、インドネシアのモニャットからもらったサロンを、ぐるぐる腰に、巻きました。それにアメリカのモンキーからもらったネクタイを、首にしめました。
サルキチのすがたは、中国の服にサロン。それにネクタイを、しめましたので、それはそれは、変なかっこうになりました。
それでも、サルキチは、大よろこびです。
「わあ、うれしいなあ。中国の服にサロン、ネクタイつけた、ぼくのすがたは、きっとりっぱにちがいない。山へ帰ったら、山のさるたちみんな感心するぞ。それにぼくは、外国の言葉を、おぼえたのだからな。シェー、シェー。テレマカシー。サンキュー、サンキュー」
山へ帰ったサルキチは、さるのたくさん集まっているところへ、やってきました。
「エヘン、どんなもんじゃい。ちょっと、このサルキチさんを、見てもらいたい」
たくさんのさるたちは、サルキチを見て、びっくりしました。
「おや、おや、サルキチ。なんだい、そのかっこうは」
「エヘン、舟に乗って、港の町まで、いったのさ……。でんちなんか山ざるの着るものだ。でんちをぬいで、このとおり……。それっ、これは中国の服。これはサロン。これはネクタイ……。どうだ、りっぱだろう」
ほかのさるたちは、笑い出しました。それでも、サルキチは、いばっていました。
「それだけではないぞ。言葉もおぼえたんだ。シェー、シェー。テレマカシー。サンキュー、サンキュー」
でも、ほかのさるたちは、感心してくれません。
「サルキチ。港の町までいって、へんなかっこうだけをおぼえてきたな……。まねばかりして、いばってらあ……。それをさるまねというんだ。サルキチは、さるまねのサルキチだあ」
サルキチは、みんなに笑われて、がっかりしてしまいました。
サルキチは、山の中で、自分だけが、中国の服にサロン、ネクタイをつけていることが、はずかしくなって、またでんちを着た、日本のさるのすがたに、なりました。