てんぐ風
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 柔よく剛を制すということばがありますが、やさしい心や知恵が、すさんだ人の心をやわらげることを暗示してみました。
- 読み聞かせのポイント
- この話に出てくるクマタロもトラキチも、力だけを自慢する無邪気な子ども、てんぐは大男であるが、間抜けのものとして扱えばおもしろくなると思います。
おはなし
山の上に、動物の幼稚園がたちました。
山の木を切ってつくった、美しい幼稚園でした。
幼稚園には動物の子どもたちが、みんな、おぎょうぎよく、こしかけています。園長先生は、メー、メー、やぎの、ヤギ先生です。
ヤギ園長先生は、白いあごひげをなでながら、にこにこです。
「では、これから、名まえを呼びます。呼ばれたら大きな声で、ハイ、とへんじをしてください。では、呼びますよ。くまのクマタロくん」
「ウー、ウォー」
「いけませんねえ。ハイ、というんですよ。いいですか……。くまのクマタロくん」
「ハーイ」
「はい、よろしい。つぎは、とらのトラキチくん」
「ウー、ウォー」
「いけませんねえ。もう一度、とらのトラキチくん」
「ハーイ」
「はい、よろしい。つぎは、うさぎのピョンコちゃん」
「ハーイ」
「おや、おや。ピョンコちゃんは、じょうずに、へんじができましたね」
そのときです。山の方から「ウォー、ウォー」と、変な声が聞こえてきました。それといっしょに、ヒュー、ヒュー、ものすごい風が吹いてきました。
「あっ、この風は」
と、いって、ヤギ園長先生は、首をかしげました。
動物幼稚園の子どもたちは、さわぎだしました。
「あ、てんぐ山のてんぐの風だあ、てんぐ風だあ」
「そうだ、そうだ。ウォー、ウォー、といって、ヒュー、ヒュー、吹いてくるのは、てんぐ風だあ」
たてたばかりの幼稚園が、地しんにあったように、ユラ、ユラ、ゆれはじめました。子どもたちは、声をそろえて、いいました。
「てんぐ、てんぐ、てんぐ山の大てんぐ。 風を吹かすのやめとくれ。
山の木は、もう切らぬ。 風を吹かすのやめとくれ」
と、どうでしょう。風はパッとなくなりました。
てんぐ山には、鼻の高いてんぐがいて、山の木をたくさん切ると、おこって、ウォー、ウォー、と大声をたて、ヒュー、ヒュー、風を吹かすのだそうです。
山の動物たちは、幼稚園をつくるのに、てんぐ山の木を、たくさん切ってしまいました。それで、てんぐが、はらをたてて、風をおこしたのでしょう。
ある日のことです。
くまのクマタロと、とらのトラキチ、それにうさぎのピョンコちゃんは、栗をひろって歩いているうちに、このてんぐ山にきてしまいました。
てんぐ山のてっぺんは、ふかい森になっていました。クマタロは、山の上の方を見ながらいいました。
「トラキチくん、ピョンコちゃん。てんぐ山のてんぐは、そんなに強くないんだってさ。ただおこると、鼻のいきが風になって、吹きまくるんだと。だから、あの高い鼻を折ってやるか、低くしてやれば、風を吹かすことが、できなくなるそうだよ。」
これを聞いて、とらのトラキチが、
「それなら、ぼくたちの方が強いよ。てんぐの鼻を折ってやろう」
と、いって、てんぐ山の上の方を、にらみつけました。
うさぎのピョンコちゃんは、
「もし、あべこべに、てんぐにやられたらどうするの、おやめなさいよ」
と、とめようとしました。
でも、クマタロも、トラキチも、いうことを聞きません。
くまのクマタロは、
「ぼくが、てんぐの鼻を折ってやる」
と、いって、トラキチやピョンコちゃんを、あとにして、どんどん、てんぐ山のてっぺんをめざして、走っていきました。
トラキチも、ピョンコちゃんも、そのあとについて、のぼっていきました。
クマタロは、てんぐ山のてっぺんの、森のそばにくると、大声で呼びました。
「こらあ、てんぐ。出てこーい。ぼくは、幼稚園でも力の強い、くまのクマタロだ。てんぐなんかにゃ負けないぞ。さあ、さあ、出てこーい」
すると、どうでしょう。森の中で、ザワ、ザワ、音がしたかと思ったら、
「わしは、てんぐじゃ」
出てきたのは、鼻の高い、まっかな顔をした、てんぐでした。
クマタロは、てんぐの前に、すすんでいきました。
「やあ、てんぐ。このあいだは、よくも、ぼくたちの幼稚園に、てんぐ風を吹かせたな。この悪いてんぐめ。さあ、その鼻を折ってやる」
クマタロは、てんぐの鼻に、とびかかりました。
ところが、てんぐは、ヒョイと、からだをよけてしまいました。
「なに、なに、くまのクマタロ。このてんぐの強さを知らないのか……。では、てんぐの強さを見せてやろう。ほら、ウォー、ウォー」
と、どうでしょう。てんぐの鼻から、ヒュー、ヒュー、風がおこって、あっと、いうまに、クマタロは、吹きとばされてしまいました。
そこへ、とらのトラキチが、やってきました。
「こら、てんぐ。ぼくは、とらのトラキチだ。クマタロよりも、ぼくのほうが強いんだ。幼稚園でいちばん強いんだぞ。さあ、その鼻を折ってやる」
トラキチも、てんぐの鼻に、とびかかりました。
てんぐは、ヒョイと、からだをよけると、
「うむ、こんどは、とらのトラキチか……。では、てんぐの強さを見せてやる……。ほら、ウォー、ウォー」
声をたてたら、てんぐの鼻から、ヒューヒュー、風がおこって、トラキチも、吹きとばされてしまいました。
くまのクマタロと、とらのトラキチが、てんぐ風に吹きとばされてしまうと、そこへ、うさぎのピョンコちゃんが、やってきました。
「てんぐさん、こんにちは。わたしは、うさぎのピョンコちゃんというの」
「なに、うさぎのピョンコ……。なにをしに、このてんぐ山へきたのだ」
「てんぐさんは、てんぐ風を吹かす、強いてんぐさんでしょう。だから、その強いてんぐさんを見たくて、この山にきたの」
すると、てんぐは、とてもうれしそうな顔をしました。
「うん、わしは強いぞ。いまも、クマタロと、トラキチを、吹き飛ばしてやったばかりだ」
「でも、てんぐさんは、鼻が高すぎますねえ。もっと低くすることはできないの」
「できる、できる。くしゃみをすれば低くなるさ。でも、鼻が低くなったら、てんぐ風を吹かすことが、できなくなるからな。くしゃみは、ごめんだ」
耳の長い、ピョンコちゃんは、にっこり笑いました。ピョンコちゃんは、
「そう、くしゃみをすると、鼻が低くなるのね。鼻が低くなると、てんぐ風が吹かないのね」
と、いいながら、てんぐに近づいていきました。
ピョンコちゃんは、“そうだ。てんぐの鼻を、くすぐってやろう。くすぐってやれば、くしゃみをする。くしゃみをすれば、鼻が低くなる。鼻が低くなれば、てんぐ風は吹かないのだ……”と、考えました。
長い耳をしたうさぎのピョンコちゃんは、その長い耳で、てんぐの鼻を、クチュ、クチュ、クチュ、くすぐりました。
鼻をくすぐられたてんぐは、大きなくしゃみをしました。てんぐは、あわてました。
「あ、くしゃみをすると、鼻が低くなる……。ああ、くしゃみが出る……。ハハハ、ハクション……。ハハハ、ハクション」
と、どうでしょう。てんぐの鼻は、ぐんぐん、低くなってしまいました。
てんぐは、
「ウォー、ウォー」
と、大声をたてましたが、てんぐ風を吹かすことが、できません。くしゃみをしたら、鼻が低くなったばかりか、まっかな顔も、色がさめて、やさしい人間の顔になってしまいました。
それから、てんぐ山のてんぐは、くまのクマタロ、とらのトラキチ、うさぎのピョンコちゃんといっしょに、幼稚園へきました。
てんぐ山の木でつくったりっぱな幼稚園で、動物の子どもたちと、なかよく遊んだというお話です。