やせたヤギ

時間:13:35

おはなし:出村孝雄
え:清水慎太郎
作:出村孝雄
制作:Bit Beans

本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります

このおはなしの目当て
無実の罪をきせられて苦しむ人もあるという。その真実を訴えさせたいねがいをこめての創作です。子どもの正義感をたかめてほしいと思います。
読み聞かせのポイント
ろうやの窓の小さいこと、オオカミが太っていくのに、ヤギのやせ細っていくところを、子どもに理解させてください。

おはなし

 いじわるで、うそつきで、あばれんぼうのオオカミがいました。
 オオカミは、あるとき、ライオン王さまの、ご殿の庭へ行ってみました。
 その庭には、みかんの木があって、みかんがいっぱいなっていました。

 「わあ、たくさんのみかんだ。みんな色づいて、とてもおいしそうだ……。よし、このみかんを盗ってやろう」
 オオカミは、王さまのご殿の庭のみかんを、かたっぱしから、もぎとっていました。ちょうどそのとき“カタ、カタ”音が聞こえてきました。
 オオカミが、びっくりして見ていると、それはイヌのおまわりさんでした。

 「あ、イヌのおまわりさんだ……。あのおまわりさんに見つかったら、ろうやの中に、ほうりこまれてしまうぞ……。それ、逃げろ」
 オオカミは、いちもくさんに、逃げだしました。
 イヌのおまわりさんは、あとを追っかけてきました。
 「こらっ、みかんどろぼう。待て、待たないか」

 オオカミは、どんどん逃げました。そのうちに、ヤギの家を見つけました。
 「よし、このヤギの家に、かくれることにしよう」
 オオカミは、ヤギの家に、とびこみました。ヤギはおどろきました。
 「わあ、オオカミだあ、オオカミだあ」
 オオカミは、目を、ギョロリと光らせて、ヤギを、にらみつけました。
 「こら、ヤギ。わしのいうことを聞けば、ゆるしてやるが、いうことを聞かなければ、かみつくぞ」
 ヤギは、おそろしくて、ふるえあがりました。

 「わあ、こわい、こわい」
 「こら、ヤギ。わしをどこかへ、かくすのだ……。さて、さて、どこへかくれてやろうかな……。あ、あそこに物置がある。あの物置の中にかくれてやろう……。こら、ヤギ。だれかがきて、オオカミはどこだと聞いても、教えてはならないぞ、わかったな。 『知りません、知りません』というのだぞ」
 オオカミは、物置の中に、そっとかくれてしまいました。

 やがてイヌのおまわりさんが、ヤギの家へ、やってきました。
 「これ、これ、ヤギ……。ここへ、オオカミが来なかったか」
 「はい、おまわりさん、そのオオカミが……」
 「うん、オオカミが、逃げこんできただろう」
 「はい、そのオオカミが……」
 「うん、そのオオカミは、どこへ、かくれたのかね」
 イヌのおまわりさんは、ジロリと、あたりを見まわしました。

 「ははん、この物置の中が、あやしいぞ」
 イヌのおまわりさんは、物置の戸を“ガラ、ガラ” と、あけてみました。
 オオカミは、物置のすみの方に、かくれていましたが、とうとう見つかってしまいました。
 「こら、オオカミ!もう逃がしはせぬぞ。さあ、出てこい」
 イヌのおまわりさんは、オオカミを、なわで、しばってしまいました。
 「こら、オオカミ!おまえは王さまの、ご殿の庭のみかんをとった悪いオオカミだ。ろうやの中へ入れてしまうから、かくごをせよ」
 すると、オオカミは、頭をさげながらいいました。

 「おまわりさん。王さまのご殿の庭のみかん、あのみかんを、とりにはいったのは、わたしだけではありません。」
 「なに、オオカミだけでなかったら、だれが、いっしょに行ったのだ」
 「はい、おまわりさん。ここにおりますヤギもいっしょでした……。わたしが、みかんを盗れば、どろぼうになるからやめよう、といったのに、ヤギがむりにわたしを、つれていったのです」
 イヌのおまわりさんは、オオカミがうそをいっているとは知らずに、ヤギもなわでしばってしまいました。

 「さあ、ヤギ。おまえも、オオカミといっしょに、ろうやヘ、はいるんだ」
 「おまわりさん。それは、とんだまちがいです。わたくしは、ご殿のお庭に、みかんの木のあることも知りません。わたくしは、どろぼうではありません。どうか、なわをほどいてください」
 すると、そばにいるオオカミが、すぐ口を出します。
 「おまわりさん、ヤギは、うそをいっています。わたしのいうことに、まちがいはありません」
 かわいそうに、ヤギは、なんにも悪いことをしないのに、うそつきのオオカミといっしょに、ろうやの中へ、入れられてしまいました。

 ろうやでは、朝、昼、晩、一日三回、ご飯をたべさせてもらえます。
 おまわりさんは、オオカミとヤギのはいっているろうやに、ご飯を運んでくれました。ろうやの小さな窓から、ご飯やおかずののっている皿を、入れてくれました。
 おなかのすいているヤギは、
 「さあ、ご飯をたべることにしよう……。いただきます」
 ヤギが、ご飯をたべようとすると、オオカミが、ギョロリと、目を光らせて、にらみつけました。
 「こら、ヤギ、ご飯をたべてはならんぞ」
 「でも、おまわりさんが、せっかく運んでくれたもの……」
 「こら、ヤギ、おまえは、ご飯をたべることをやめよ。そのご飯は、わしがたべてやる」
 「えっ、わたしのご飯を、オオカミさんがたべるのですか……。では、わたしが、オオカミさんのご飯を、いただきましょう」
 「こら、ヤギ。おまえはなにもたベなくてもよい。わしが、わしのご飯も、おまえのご飯も、みんな、たべるのだ」
 「え、そんな……」
 「こら、ヤギ。いうことを聞かないと、かみつくぞ」
 あばれんぼうのオオカミは、「ガッ」と、口をあけて、ヤギにとびかかろうとしました。
 ヤギは、びっくりして、だまってしまいました。
 「エ、へ、へ、へ……。ヤギ、わしにかみつかれたら、おまえは死んでしまうぞ。これからは、がまんして、わしのいうことを聞いていた方がいい……。さあ、このご飯は、みんなわしがたべる……。まあ。静かにして、見ておれ」
 オオカミは、じぶんひとりで、ご飯をたべてしまいました。

 それからは、つぎの日も、そのつぎの日も、每日、每日、ご飯は、みんなオオカミが、たべてしまいました。
 毎日、ヤギの分まで、ご飯をたべているオオカミは、デブ、デブに太ってしまいました。それにくらべて、ヤギは、なんにもたべることができないので、ヒョロ、ヒョロに、やせてしまいました。
 デブ、デブに、太ったオオカミは、いつも、いつも、ヤギをいじめています。
 「やぁい、ヒョロ、ヒョロの、ヒョロヤギ。いくらヒョロ、ヒョロにやせて、死にかかっても、おまえには、ご飯をたべさせてやらないぞ」

 もともと、からだの小さなヤギは、やせて、やせて、ほんとに小さなヤギになってしまいました。
 ある日のことです。
 ヤギは、ろうやの小さな窓のそばで、ぼんやり外を、ながめていました。
 「ああ、わたしは、なんにも悪いことをしないのに、ろうやへ入れられてしまった。それになんにも、たべていないので、こんなに、やせてしまった。このままからだが弱ってしまって、ろうやで死んでしまうかも知れない……。ああ、いやだ、いやだ。死ぬのはいやだ」
 とうとう、ヤギは、悲しくなって、泣きだしました。
 思いっきり泣き終ったヤギは、ふと、よいことを思いつきました。
 「あ、この小さな窓……。この窓はご飯のとき、お皿を出したり、入れたりしているけれど、あの皿が、この窓からはいるのだから……。うん、こんなにやせてしまった、わたしなら、この窓から出られるかも知れないぞ」
 オオカミを見ると、オオカミは、いびきをたてて、居眠りをしています。

 「よし、オオカミが眠っているうちに、この窓からはい出してみよう」
 ヤギは、窓に手をかけると、
 「そら、そら、そーら」
 とうとう窓から、はい出すことが、できました。
 ろうやから出たヤギは、いちもくさんに逃げました。
 ちょうどそのとき、オオカミが、目をさましました。
 「あ、ヤギが、窓から逃げだした……。よし、わしも窓から出て見よう」
 オオカミは、窓に手をかけて、出ようとしましたが、デブ、デブに太ってしまったオオカミは、とても窓から、出ることができません。
 「ああ、だめだ。わしは、あんまり太っているから、この窓からは出られない……。ああ、残念だ」
 オオカミは、とても くやしそうな顔をしました。

 ろうやから逃げ出したヤギは、ライオン王さまに、今までのことを、話しました。
 「王さま。悪いことをしないわたくしが、ろうやの中で、苦しい思いをしました」
 王さまは、ヤギのいうことを、目に涙を浮かべて、聞いていました。
 「そうか。オオカミがウソをいって、ヤギもみかんどろぼうの仲間だと、いったのか。それをよく調べもしないで、おまわりさんは、おまえをろうやヘ、入れたんだな。それは苦しかったであろう。よし、おまわりさんには、悪いことをしない者を、ろうやに、入れてはいけない。よく調べるように、いってやろう」
 それから、ライオン王さまは、庭のみかんを、ヤギや、ほかの動物たち、みんなにわけてやりました。