みんなよい顔
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 子どもたちが、顔のかたちでニックネームをつけられたり、わる口をいわれたりして、劣等感さえもつことがある。しかし顔はそれぞれ特長があるもので、自信をもって、おたがいに愛しあうことのよさを強調してみたい。
- 読み聞かせのポイント
- ぶた、山羊、猿が鏡を見て、自分の顔に、がっかりする場面は、声を落としてその気分を出してください。山奥で、おじいさんにあうところは、声をはずませて、その喜びを出してください。
おはなし
ひろいひろい野原に、一軒の家がありました。
その一軒家には、おじいさんがひとりですんでいました。
おじいさんは、ひとりぼっちだけれど、さびしいことはありません。おじいさんの家には、ブー、ブー、ブーのブタと、メー、メー、メーのヤギと、キャッ、キャッ、キャッのサルが、飼ってあったからです。
ぽかぽか、お日さまの照っている暖かい春の日に、おじいさんは、えんがわに出て、ウツラウツラ、居眠りをしていました。
そこへ、おじいさんの飼っている ブタとヤギとサルがやって来ました。
「おやおや、おじいさんが、こんなところで眠っているよ。さあ、起こしてやろう」
ブタとヤギとサルは、かわるがわる、おじいさんのせなかを、コツ、コツ、たたきました。
「ブー、ブー、おじいさん」
「メー、メー、おじいさん」
「キャッ、キャッ、おじいさん、起きてくださいよう」
おじいさんは、目をさましました。
「うわあ、よく眠った。おお、かわいいブタとヤギとサル、お前たちが起こしてくれたのだな」
ブタとヤギとサルは、おじいさんのからだに、からだをすりつけるようにしながらいいました。
「おじいさん、ぼくたちね、おじいさんに聞きたいことがあるんです」
「ほほう、どんなことかね、なんでも聞いてごらん」
すると、ブタが、ブー、ブー、ブー、息をはずませながら聞きました。
「おじいさん、ぼくねえ、ぼくの顔を見たことがないけれど、このブタの顔は、人間の顔に、にていますか」
「うん、ブタの顔か……。どこが人間ににているかな……。あ、そうだ、顔に毛がすくなくて、ツルツルしているところが、人間ににているよ」
「わあ、このぼく、このブタの顔のツルツルしているところが、人間ににているんですか……。人間ににている、人間ににていて、うれしいなあ」
すると、ヤギが、おじいさんの顔に、あごをすりよせていいました。
「おじいさん、このヤギの顔は、人間ににていませんか」
「うん、ヤギの顔……。そうだ、ヤギの顔も、いつかは、このおじいさんのように、あごひげがはえてくるよ、それが人間ににている」
「わあ、このぼくの顔も、あごにひげがはえて、人間ににてくるの……。人間ににている、人間ににていて、うれしいなあ」
すると、こんどはサルが、口をとがらせながら聞きました。
「では、おじいさん、このサルの顔は、どうでしょう。人間ににていませんか」
「おお、サル、サルは、顔のかたちが、人間にとてもよくにているよ」
「わあ、いいなあ、このサルの顔が、人間ににているって、人間ににていて、うれしいなあ」
ブタもヤギもサルも、じぶんの顔は、一度も見たことがありません。でも、その顔が、人間ににていると聞いて、大よろこびでした。
ある日のこと、おじいさんは、町から大きな鏡を買って来ました。
「ああ、この鏡を見たら、うちのブタもヤギもサルも、自分の顔がよくわかるだろう」
おじいさんは、その鏡をえんがわの柱にかけておきました。
しばらくすると、そこへブタがやって来ました。
豚は、鏡をみてびっくりしました。
「ブー、ブー、おや、この顔、だれだお前は」
ブタは、鏡というものを知りませんでした。鏡にうつっているのが、ブタの顔であることも知らずに、おどろきました。
「むこうに、変な顔のものがいるぞ。なんだ、あの顔、鼻が上をむいて、口がとんがって変な顔だなあ……。お前はだれだ」
その声を聞いて、おじいさんが、部屋の中からいいました。
「おお、ブタ、それがお前の顔だよ、お前が鏡にうつっているのだよ」
ブタは、がっかりしました。
「なあんだ、これがぼくの顔か、いやな顔だなあ。鼻が上をむいて、口がとんがって、いやな顔だ、ああ、いやな顔だ」
ブタは、力をおとして、小屋の方へいってしまいました。
しばらくすると、ヤギが、鏡の前に立ちました。
ヤギも鏡を知りません。鏡にうつっているのが ヤギの顔とも知らずびっくりしました。
「わあ、変な顔のものがいるぞ……。頭に角がはえて、あごがとんがっている。あれはだれだろう」
ヤギは、大きな声でいいました。
「こらっ、お前はだれだ」
すると、部屋の中から、おじいさんの声がしました。
「ヤギよ、それがお前の顔だよ。お前の顔が、鏡にうつっているのだよ」
ヤギも、がっかりしました。
「チェッ、これがぼくの顔か。角がはえて、あごがとんがって、いやな顔だ」
ヤギも、力をおとして、小屋の方へいってしまいました。
しばらくすると、鏡の前にやって来たのはサルです。サルも鏡を知りません。鏡にうつっている顔が、サルの顔とも知らず、大声をはりあげました。
「キャッ、キャッ、変な顔のものがいるぞ……。まっかな顔で、ひたいにしわがいっぱいある……。こらっ、お前はだれだ」
すると、部屋の中から、おじいさんがいいました。
「サルよ、それがお前の顔だよ。お前の顔が、鏡にうつっているんだよ」
サルも、がっかりしました。
「ああ、これがぼくの顔か。まっかな顔で、ひたいにしわがいっぱい……。ああ、いやな顔だ」
サルも、力をおとして小屋の方へいってしまいました。
小屋に集まったブタとヤギとサルは、もう、すっかり元気がなくなってしまいました。
「ブー、ブー、このブタの顔、ツルツルしていて、人間ににていると思っていたのに、鼻が上むいて、口がとんがっていて……。いやんなっちゃったあ」
「メー、メー、このヤギの顔も、ひげがはえていて、人間ににていると思っていたのに、角がはえていて、あごがとんがっているんだもの、ああ、がっかりした」
「キャッ、キャッ、このサルこそ、顔は人間ににていると思いこんでいたのに、まっかな顔に、ひたいにしわがいっぱい、悲しくなっちゃった」
ブタもヤギもサルも、みんな考えこんでしまいました。
しばらくすると、サルが、なにか思いついたように、ハッとして立ちあがりました。
「ねえ、ぼくたち、山へいってしまおう。山にはブタの仲間も、ヤギの仲間も、サルの仲間もいるんだよ。ぼくはサルだから、サルの仲間と暮らした方が、はずかしくなくていいと思うんだよ」
「ブー、ブー、ぼくもブタの仲間といっしょになった方が、はずかしくないだろうな」
「メー、メー、そうだ、ヤギはヤギの仲間にはいった方がよさそうだ」
ブタとヤギとサルは、山へ行くことにきめました。
このとき、サルが、さみしそうな顔をしていいました。
「ねえ、みんな、おじいさんと別れるのは、悲しいねえ。おじいさんには、もう会えないから、そっと、おじいさんの顔を見ていこう」
ブタもヤギもサルも、おじいさんのいる部屋を、そっと、のぞいてみました。
おじいさんは、机にもたれて、ウツラ、ウツラ、居眠りをしていました。
ブタもヤギもサルも、おじいさんのそばに来て、おじいさんの顔をのぞきこみながら、ささやきました。
「おじいさんは、ほんとに、やさしいよい顔をしているねえ。人間の顔って、ほんとによい顔だねえ……。では、おじいさん、さようなら」
それでも、おじいさんは、居眠りをつづけています。
とうとう、ブタとヤギとサルは、山へいってしまいました。
しばらくすると、おじいさんが目をさましました。
「ああ、よく眠った。……おや、いつも元気な、ブタやヤギ、サルの声がしない、どうしたのだろう……」
おじいさんは立ちあがって、小屋をさがしてみましたがいません。
「おや、どうしたのだろう。ブタもヤギもサルも、どこかへ遊びにいったのかもしれない」
おじいさんは、ブタ、ヤギ、サルたちの帰るのを待っていましたが、一日たっても、二日たっても帰ってきません。
おじいさんは、心配して、山へさがしに出かけました。
「ブー、ブー、ブーのブタやーい。メー、メー、メーのヤギやーい。キャッ、キャッ、キャッのサルやーい」
おじいさんは、杖をついて、トボ、トボ、歩いて、山おくへはいっていきました。
「ブー、ブー、ブーのブタやーい。メー、メー、メーのヤギやーい。キャッ、キャッ、キャッのサルやーい」
おじいさんは、つかれて歩けなくなってしまいました。
森の中の大きな木の下に、すわりこんでしまったおじいさんは、呼びつづけていました。
「ブタやーい、ヤギやーい、サルやーい」
そのときです。
山おくの森の中にきていたブタとヤギとサルは、おじいさんの呼ぶ声を聞いて、びっくりしました。
「あっ、おじいさんの声だ、おじいさんだ、おじいさんだ」
みんな、おじいさんのそばにかけよってきました。
「おじいさん、おじいさん」
「おお、おお、ブタ、ヤギ、サル、どうしてお前たちは、こんな山へきてしまったのだ……。え、どうして、わたしの家から逃げだしたのだ」
「ブー、ブー、ごめんなさいおじいさん、このブタの顔は人間の顔ににていません。だから山へきてブタの仲間にはいろうと思ったんです」
「メー、メー、ヤギも人間の顔とちがいます。それで山へきてヤギの仲間になろうとしました」
「キャッ、キャッ、キャッ、サルもそうなんです。山のサルの仲間になってしまおうと思ったんです」
これを聞いたおじいさんは、じっと、考えこんでしまいました。
それから、静かにいいました。
「ブタよ、ヤギよ、サルよ、わたしはなあ、お前たちがいなくなってさみしくて、会いたくて、たまらなくなったんだよ。お前たちは、どうであったか」
すると、みんな、かわるがわるいいました。
「ブー、ブー、おじいさん、ぼくたちもそうです。山へきたけれど、おじいさんに会いたくなりました」
「メー、メー、おじいさん、おじいさんとお別れしたら、悲しくて泣いてばかりいました」
「キャッ、キャッ、おじいさん、ぼくたち人間ではないけれど、やさしいおじいさんが大好きです。いつまでも、おじいさんのそばに、おいてください」
これを聞いて、おじいさんが、にっこり笑いました。
「ああ、いいとも、いつまでもいっしょに、暮らすことにしよう……。長い間、いっしょに暮らしていると、どんな顔をしていても、好きになるものだよ……。なあに、みんな、よい顔をしているよ。そら、ブタはブタの顔を、ヤギはヤギの顔を、サルはサルの顔をしている、それでよいのさ……。わしは、お前たちが大好きだよ。さあ、家へ帰ろう」
ブタも、ヤギも、サルも、おじいさんといっしょに、山をおりていきました。