さらわれたタロちゃん
本動画は、昭和50年代にCBCミュージック(現CBCラジオ)にて
録音された出村孝雄の音声に、新たに音楽を制作し再編集したものです。
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- 人間の愛情は、だれの心にもしみこんでいく。母の愛情が、子どもと動物にそそがれることから、愛の深さを知らせたい。
- 読み聞かせのポイント
- この童話は「今昔記」からヒントを得た作品です。タロちゃんが、大きなワシにさらわれて、どうされるかという不安、助かればよいという期待、助かってよかったという喜び、この不安、期待、喜びをたどるところに興味があると思われますので、事件の変わる場面では、なるべく間(ま)をおいて、想像させてやってください。
おはなし
むかしむかしの、お話です。海べの村で、たいへんなことが、おきました。
どこからか、大きなわしが飛んできて、にわとりを、さらっていきました。次の日は、ねこを、またいつかは、小犬をさらって、いきました。
もしも、この大きなわしが、子どもを、さらっていったら、たいへんです。村の人たちは、みんなこわくて、ビク、ビクしていました。
そのころ、この村に、タロちゃんという、かわいい赤ちゃんが、いました。
タロちゃんのおとうさんは、舟で海へいって、さかなを釣る漁師です。
おとうさんは、家を出るとき、いつもおかあさんに、いいました。
「おかあさんや、気をつけておくれよ。わしが飛んできて、タロちゃんを、さらっていくと、いけないからな」
おかあさんは、ニコ、ニコ、タロちゃんに、ほおずりしながら、いいます。
「おとうさん、だいじょうぶですよ。タロちゃんには、このおかあさんが、いつもついていますからね」
ある日のことです。
タロちゃんが、ホギャア、ホギャア泣いて、泣きやまないので、おかあさんは、タロちゃんを、抱っこして外へ出ました。
おかあさんは、浜べにくると、子守唄を歌いました。
ねんね、ねなさい、ぼうやが泣くと、
山から大わし、飛んでくる……。
そこへとなりの、ゲンちゃんという男の子が、走ってきました。
「おばちゃん。タロちゃん、まだおねんねしないの。よし、おいらも、歌ってやる」
ねんね、ねなさい、ぼうやが寝ると、
山の大わし、もうこない……。
そこへハナちゃんも、きました。
「わたしも、一しょに、歌ってあげる」
ねんね、ねなさい、ぼうやはよい子……。
タロちゃんは、おかあさんに、抱っこされたまま、眠ってしまいました。
おかあさんも、ゲンちゃんも、ハナちゃんも、浜の上にすわって、海の方を見て、びっくりしました。
波うちぎわの岩の上に、大きなサルが、一ぴき立っていました。
「あっ、サルだ、サルだ。大きなサルだ」
ゲンちゃんも、ハナちゃんも、さわぎ出しました。
タロちゃんのおかあさんは、
「シッ、静かにしなさい。あのサルは、なにをするんでしょうね」
みんな、ジッと、いきをころして、岩の上の、サルのようすを、見ていました。
と、どうでしょう。サルは手を海の中に入れて、さかなをつかまえようとしますが、うまくつかまりません。そのうちに、岩にかたくついている、大きな貝に、指をはさまれてしまいました。
「キャッ、キャッ、キャー」
サルは、大声をたてて、手をひっぱりますが、ひっぱれば、ひっぱるほど、指が痛みます。サルは、悲しそうな声をたてました。
「キャッ、キャッ、キャー」
浜の方から、このようすを見ていた、タロちゃんのおかあさんは、サルが、かわいそうに、なってきました。
「ゲンちゃん、ハナちゃん。あのサルはねえ、きっと岩についている貝に、指をはさまれたんですよ。かわいそうにねえ」
ゲンちゃんが、立ちあがって、いいました。
「よし、あのサルを、つかまえてやる。棒を持ってきて、あのサルを、なぐってやる。そして、なわで、しばってしまえばいい」
ゲンちゃんは、なわと棒を持ってくると、岩の方へ走りだしました。タロちゃんのおかあさんと、ハナちゃんは、ゲンちゃんのあとを、おっかけました。
「いけません、ゲンちゃん。らんぼうしてはいけません」
タロちゃんのおかあさんは、タロちゃんを、ハナちゃんに抱っこしてもらうと、ゲンちゃんの持っている棒を、とりあげました。
「ゲンちゃん、らんぼうしてはいけません。この大ザルには、山で待っている、子どものサルが、いるんです。子どものサルに、さかなをとって、たべさせようとして、こんなことに、なってしまったんですよ」
すると、ハナちゃんが、
「このサルをつかまえたら、子どものサルが、かわいそうだね」
と、いいました。ゲンちゃんも、これをきいて、大きくうなずきました。
「じゃあ、おばちゃん。ぼくたち、このサルを、助けてやりましょう」
タロちゃんのおかあさんは、棒を海の中につっこんで、棒の先を、貝のふたの間にさしこむと、力をいれて、ふたをあけました。
サルはやっと、貝から指を、抜くことができました。
タロちゃんのおかあさんも、ゲンちゃんも、ハナちゃんも大よろこびです。
「ああ、よかった。サルを助けることができた」
サルは、キョロ、キョロ、あたりを見まわしていましたが、ハナちゃんに、抱っこされている、タロちゃんを見つけると、ジーッと、顔を見つめました。いつまでも、タロちゃんの顔ばかり見ていますので、タロちゃんのおかあさんは、
「これ、これ、サルさん。おまえにも、かわいい、タロちゃんのような、小ザルがいるんだろう。さあ、早く山へお帰り」
と、いいました。サルは、キャッ、キャッ、キャー。声をたてながら、山の方へいってしまいました。
ある日のことです。大きくなって、すこしずつ、歩けるようになったタロちゃんは、ヨチヨチ歩いて、家を出ると、浜の方へいってしまいました。
おかあさんは、なにも知らずにのき先で、洗たくをしていました。
とつぜん、バタ、バタ、はばたきがしました。おかあさんが、びっくりして見あげると、一羽の大きなワシが、飛んできて、アッと思うまに、タロちゃんをつかまえて、飛んでいってしまいました。
「わあ、だれかきてえ……。タロちゃんが、大ワシに、さらわれたあ」
おかあさんは、大声で呼びつづけました。けれども、男の人たちは、みんな舟に乗って、海へいってしまって、ひとりもいません。あわてて外へ出てきたのは、女の人と子どもばかりです。
「えっ、タロちゃんが、さらわれたって……。ワシはどこだ、どこだ」
さわいでいる村の人たちを、見おろしながら、大きなワシは、タロちゃんをつかまえて、山の方へ飛んでいってしまいました。
「タロちゃん、タロちゃーん」
と、呼びながら、村の人たちは、山へのぼっていきました。深い、深い、山おくまできましたが、タロちゃんは見つかりません。村の人たちの中には、
「かわいそうに、タロちゃんは、あの大きなワシに、殺されてしまったんでしょうね。もう、だめでしょうね。帰りましょう……」
と、いい出す人もいました。タロちゃんのおかあさんは、オロオロ、泣きながら、それでも、呼びつづけました。
「タロー、タロー、タロちゃーん」
と、どうでしょう。遠くの方で、子どもの声がしました。
「おかあちゃーん、おかあちゃーん」
この声を聞いた村の人たちは、元気づきました。
「あっ、タロちゃんだ。タロちゃんだ。タロちゃんの声だ……」
タロちゃんのおかあさんは、
「タロー、タロー、タロちゃーん」
呼びながら、村の人たちと一しょに、声のする方へ、近づいていきました。
「タロー、タロー、タロちゃーん」
そのうちに、大きなしいの木の下にきました。そのときです。
「おかあちゃーん、おかあちゃーん」
その声に、みんな、びっくりして、上を見ました。高いしいの木の枝に、ぶらさがっているのは、タロちゃんでした。タロちゃんの着物のひもが、枝にひっかかって、ブラリ、ブラリ、ぶらさがっています。
「ああ、よかった。タロちゃんが見つかった」
と、よろこんだ村の人たちは、枝の上の方を見て、おどろきました。
大きなワシが、上の枝にとまって、大きな目を、ギョロリ、ギョロリ、光らせていました。
「さあ、だれか、早く木にのぼっていって、タロちゃんを助けないと、タロちゃんは、ワシに殺されるよ。早く、早く……」
みんなでさわいでいますが、女の人ばかりで、大きなワシの恐ろしさと、木のぼりができないので、ただ、さわいでいるだけでした。
そのうちに、ワシは大きな羽を、サーッとひろげて、今にも、タロちゃんに、とびかかろうとしました。
「あっ、タロちゃんが、あぶない」
みんなが、叫んだときです。どこかで、
「キャッ、キャッ、キャー」
と、声が聞こえました。どうでしょう。むこうのしいの木の枝に、一ぴきの大きなサルが、あらわれました。大きなサルは、木の枝の先を、グッと、ひっぱりました。木の枝は、弓のように、しなってまがりました。
ワシは木から落ちて、グッタリしてしまいました。
やがて大きなサルは、タロちゃんを抱っこして、木から降りてきました。
「まあ、サルさん、ありがとう」
タロちゃんのおかあさんは、サルからタロちゃんを渡してもらって、大よろこびです。そばにいたゲンちゃんと、ハナちゃんが、かわるがわるいいました。
「あ、この大きなサル、おばちゃんに、助けてもらったサルだ」
「そうねえ。指を貝にはさまれていた、あの大ザルよ」
「これは、これは、サルの恩返しだね」
助けてもらったタロちゃんは、元気にそだちました。恐ろしいワシは、村の人たちが、退治したので、もう恐ろしいものは、なくなりました。