池に落ちたモグラ

時間:13:22

こえ:温水洋一
作:出村孝雄
制作:Bit Beans

※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります

このおはなしの目当て
ひとに親切にしてもらったときの喜び、その喜びを与える親切な行為の大切なことを味あわせたい。
読み聞かせのポイント
モグラがカメに助けてもらった喜び、さかなたちが、池の中の水がなくなっていくときの悲しみ、モグラが川の水を導入するとわかってさかなたちの喜ぶ場面は、この話のヤマですから、感情、表情をこめて語ってください。

おはなし

 大きな、大きな、川がありました。その川のすぐそばに、池がありました。
 池には青い水がいっぱいあって、コイが泳いでいます。フナも泳いでいます。メダカもいます。そのほか、たくさんのさかなが、楽しくくらしていました。

 ある日のことです。フナが、池の中を、スーイ、スーイ泳いでいますと、頭の上の方で、ポチャーン……と、音がしました。
 「おや、なんだろう」
 フナが上の方を見ると、黒いものが、池に落ちてきて、いまにも沈みそうになっています。
 「おや、あれはなんだろう」
 よく見ると、その黒いものは、モグラでした。
 一ぴきのモグラが、水の中に、頭をつっこんだり、出したりしながら、
 「助けてえ、助けてえ」
 と、呼んでいます。

 「あ、あれはモグラだ。いつも土の中に、あなを掘っているモグラだ。これは大変だ!このまま、ほおっておけば、モグラは死んでしまう……。そうだ、池のさかなたちに、集まってもらおう」
 フナはおどろいて、大声を、はりあげました。
 「おおい、大変だあ。モグ、モグ、モグラさんが、大変だよう……。みんな、ここへ集まってえ」
 フナの声をきいて、池の中のさかなが、みんな集まってきました。
 「あ、ほんとだ……。モグラさんが、池の中へ落ちたんだ。さあ、どうしてモグラさんを、助けてやろうか」
 池の中のさかなたちは、みんな心配そうに、モグラの苦しんでいるのを、ながめていましたが、小さなメダカが、目をまるくしていいました。
 「ぼくはだめだ。からだが小さいから、とても、あのモグラさんを、助けることはできないよ……。ああ、コイ、コイくんは、からだが大きいから、だいじょうぶでしょう。ねえ、コイくん、コイくん。早く助けてやってよ」
 コイはびっくりしていいました。

 「だめ、だめ。あのモグラは、ぼくたちのせなかには、乗れないよ……。ツル、ツル、すべってしまうから、だめだよ。それに、ぼくたちさかなは、水のないところへは、出られないからね……。さて、こまった。どうしよう」
 すると、フナが、ひれを、ピチ、ピチ、動かしながら、いいました。
 「あっ、いいことがある。カメ、カメさんに、たのんでみよう。カメさんなら、モグラさんを、せなかに乗せることができるからね」
 「そうだ、そうだ。フナくんのいうとおりだ。カメさんなら、あのモグラさんを、助けることができるよ」
 そのころ、カメは、岩の上で、眠っていました。
 そこへ、いそいで泳いできたのは、フナでした。
 「カメ、カメ、カメさーん」
 カメは、目をさましました。

 「う、うん、だれ?ぼくを呼んでるの」
 「フナです。ここにいます……。そら、カメさんのいる岩の下の水の中です」
 「おや、フナくん、なにか用かね」
 「はい、はい、大変です。それは、それは大変です」
 「フナくん、なにが大変なの?」
 「あのねえ、カメさん。モグ、モグ、モグラさんがねえ」
 「モグラさんがなにしたの」
 「モグラさんがねえ、池の中へ落ちて、アップ、アップ、死にかけているの」
 カメは、これをきいて、びっくりしました。

 「えっ、モグラさんが、死にかけているって……。それは大変だあ」
 カメは、池の中へはいると、サブ、サブ、泳ぎはじめました。
 そのころ、モグラは、息が苦しくなって、もう、からだは、池の中へ沈んでいきそうでした。そこへ、サブ、サブ、泳いできたのはカメです。
 「モグラさん、もうだいじょうぶですよ……。ぼくはカメ……。さあ、さあ、このカメのせなかに乗りなさい」
 モグラは、アップ、アップ、苦しんでいましたが、やっと、カメのからだに、つかまりました。
 「カメさん、ありがとう。そら、どっこいしょ」
 モグラは、カメのせなかに乗ることができました。
 「モグラさん、しっかりぼくのからだに、つかまっていらっしゃいよ……。さあ、泳ぎますよ。そら……」
 サブ、サブ、サブ、カメは泳ぎだしました。カメのせなかに、乗せてもらっていたモグラは、やっと岸に、あがることができました。

 池の岸の近くには、たくさんのさかなが、泳いできました。
 「モグラさん、助かってよかったね……。ほんとに、よかったね」
モグラは、岸の上で、池の中のさかなに、ペコン、ペコン、頭をさげました。
 「さかなさんたち、ありがとう……。さっき、ぼくはね、モグラの友だちといっしょに、土にあなを掘っていてね、すべって、池の中へ落ちてしまったの……。それを、さかなさんたちに、助けてもらって、ありがとう……。ほんとに、ありがとう」
 そのとき、コイが、池の水の上に、浮いてきました。
 「モグラさん、モグラさんの友だちが、きっと心配しているよ……。さあ、早く、友だちのいる土の中へ帰りなさい」
 「はい、みなさん、さようなら」
 モグラは、また土を掘って、もぐっていってしまいました。

 それから、いく日も、いく日も、たってからのことです。この池が、大変なことになりました。
 どうしたことか、雨がすこしも降りません。日照りがつづいたのです。池の中のさかなたちは、みんな、心配そうな顔つきで、集まりました。
 大きなコイは、目をショボ、ショボ、させながら、いいました。
 「困ったな。たくさんあった池の水が、こんなに少なくなってしまった……。ぼくたちにとって、いちばん大切なのは、水だからな」
 すると、小さなメダカが、目を、パチクリさせました。

 「えっ、では、水がなくなったら、ぼくたち、さかなは、どうなるの?」
 「そりゃあ、死んでしまうさ」
 「いやだあ、死ぬことなんか、いやだあ、いやだあ」
 メダカは、もう泣き出しました。
 フナも、大きな、ためいきをつきました。
 「あああ、こんなとき、雨が降ってくれれば、いいのになあ」
 そのときです。池の中を、ザブ、ザブ、カメが、泳いできました。
 「おう、さかなさんたち、大変だよ」
 「えっ、カメさん、なにが大変?」
 「あのねえ、いま、むこうで、お百姓さんたちが、いっていたけどねえ。こんなに雨が降らないで、日照りばかりがつづいたら、この池の水は、あと三日で、なくなってしまうんだってさ」
 「えっ、あと三日で、池の水がなくなるって……。ああ、どうしよう……。わたしたちは、あと三日で、死んでしまうんだあ……。いやだあ、いやだあ」
 さかなたちは、みんな、泣き出しました。

 それから一日たちましたが、雨は降りません。二日たちましたが、雨は降りません。とうとう三日たちましたが、やっぱり雨は降りません。
 池の水は、もうあとわずかになってしまい、さかなたちのせなかが、水から出てしまうくらいになりました。
 さかなたちは、みんな、アップ、アップ、苦しみはじめました。フナは目を、ショボ、ショボ、させていいました。
 「ああ、苦しい……。コイくん、コイくん。きみは、いつも元気がいいから、こんなときでも、だいじょうぶでしょう」
 「フナくん、だめだよ……。ぼくだって苦しくって、苦しくって、もう死んでしまうかも、知れないよ」
 池の中のさかなたちは、もう、ぐったりと、してしまいました。
 そのときで。どこからか、声がきこえてきました。

 「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ」
 「あ、あれは、なんの声だろう」
 声は、だんだん、近づいてきました。
 「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ……。池の中の、さなかさん。コイさん、フナさん、メダカさーん」
 と、どうでしょうか。池の岸に、たくさんのモグラが、やってきました。
 一ぴきのモグラが、池の中を、のぞきこむようにして、いいました。
 「このあいだは、ぼくを池の中から助けてくれて、ありがとう……。今日は、モグラの友だちをつれて、お礼に来ました」
 「えっ、モグラさんが、お礼に?」
 と、いったのは、コイでした。ほかのさかなたちは、もう、ものをいう元気もありません。

 「さあ、さなかさんたち、もう心配いりません。このあいだ、カメさんから、池の中の水がなくなって、さかなさんたちが、苦しんでいるのをきいたんです……。さあ、こんどは、モグラの仲間が、みなさんを助けてあげます」
 「おや、ぼくたちさかなを、どんなにして、助けることが、できるの?」
 「コイさん、ぼくたちモグラは、土を掘ることができるでしょう……。この池と、そばの大きな川を、水でつなぐように、あなを掘ってきたのです……。ほら、もう少しで、そのあなが掘れてしまいますよ」
 モグラの仲間は、また、
 「ヨイショ、ヨイショ」
 かけ声をかけて、あなを掘りはじめました。
 そのうちに、モグラの大きな声が、きこえてきました。
 「そうら、あなが掘れました……。それっ、水が行きますよ」
 と、どうでしょう。池の中に、川の水が、ザーッと、音をたてて流れこんできました。

 「わあ、水だ、水だ、水だあ」
 さかなたちは、急に元気が出てきました。
 池の水は、ぐんぐん、ふえてきました。
 コイも、フナも、メダカも、ほかのさかなたちも、スーイ、スーイ、池の中を、泳ぎまわりました。
 池の岸の上に集まったモグラたちは、
 「ああ、よかったねえ」
 と、いって、池の中をながめていました。