池に落ちたモグラ
※口演童話の性質上、音声が童話の内容と違う場合があります
- このおはなしの目当て
- ひとに親切にしてもらったときの喜び、その喜びを与える親切な行為の大切なことを味あわせたい。
- 読み聞かせのポイント
- モグラがカメに助けてもらった喜び、さかなたちが、池の中の水がなくなっていくときの悲しみ、モグラが川の水を導入するとわかってさかなたちの喜ぶ場面は、この話のヤマですから、感情、表情をこめて語ってください。
おはなし
大きな、大きな、川がありました。その川のすぐそばに、池がありました。
池には青い水がいっぱいあって、コイが泳いでいます。フナも泳いでいます。メダカもいます。そのほか、たくさんのさかなが、楽しくくらしていました。
ある日のことです。フナが、池の中を、スーイ、スーイ泳いでいますと、頭の上の方で、ポチャーン……と、音がしました。
「おや、なんだろう」
フナが上の方を見ると、黒いものが、池に落ちてきて、いまにも沈みそうになっています。
「おや、あれはなんだろう」
よく見ると、その黒いものは、モグラでした。
一ぴきのモグラが、水の中に、頭をつっこんだり、出したりしながら、
「助けてえ、助けてえ」
と、呼んでいます。
「あ、あれはモグラだ。いつも土の中に、あなを掘っているモグラだ。これは大変だ!このまま、ほおっておけば、モグラは死んでしまう……。そうだ、池のさかなたちに、集まってもらおう」
フナはおどろいて、大声を、はりあげました。
「おおい、大変だあ。モグ、モグ、モグラさんが、大変だよう……。みんな、ここへ集まってえ」
フナの声をきいて、池の中のさかなが、みんな集まってきました。
「あ、ほんとだ……。モグラさんが、池の中へ落ちたんだ。さあ、どうしてモグラさんを、助けてやろうか」
池の中のさかなたちは、みんな心配そうに、モグラの苦しんでいるのを、ながめていましたが、小さなメダカが、目をまるくしていいました。
「ぼくはだめだ。からだが小さいから、とても、あのモグラさんを、助けることはできないよ……。ああ、コイ、コイくんは、からだが大きいから、だいじょうぶでしょう。ねえ、コイくん、コイくん。早く助けてやってよ」
コイはびっくりしていいました。
「だめ、だめ。あのモグラは、ぼくたちのせなかには、乗れないよ……。ツル、ツル、すべってしまうから、だめだよ。それに、ぼくたちさかなは、水のないところへは、出られないからね……。さて、こまった。どうしよう」
すると、フナが、ひれを、ピチ、ピチ、動かしながら、いいました。
「あっ、いいことがある。カメ、カメさんに、たのんでみよう。カメさんなら、モグラさんを、せなかに乗せることができるからね」
「そうだ、そうだ。フナくんのいうとおりだ。カメさんなら、あのモグラさんを、助けることができるよ」
そのころ、カメは、岩の上で、眠っていました。
そこへ、いそいで泳いできたのは、フナでした。
「カメ、カメ、カメさーん」
カメは、目をさましました。
「う、うん、だれ?ぼくを呼んでるの」
「フナです。ここにいます……。そら、カメさんのいる岩の下の水の中です」
「おや、フナくん、なにか用かね」
「はい、はい、大変です。それは、それは大変です」
「フナくん、なにが大変なの?」
「あのねえ、カメさん。モグ、モグ、モグラさんがねえ」
「モグラさんがなにしたの」
「モグラさんがねえ、池の中へ落ちて、アップ、アップ、死にかけているの」
カメは、これをきいて、びっくりしました。
「えっ、モグラさんが、死にかけているって……。それは大変だあ」
カメは、池の中へはいると、サブ、サブ、泳ぎはじめました。
そのころ、モグラは、息が苦しくなって、もう、からだは、池の中へ沈んでいきそうでした。そこへ、サブ、サブ、泳いできたのはカメです。
「モグラさん、もうだいじょうぶですよ……。ぼくはカメ……。さあ、さあ、このカメのせなかに乗りなさい」
モグラは、アップ、アップ、苦しんでいましたが、やっと、カメのからだに、つかまりました。
「カメさん、ありがとう。そら、どっこいしょ」
モグラは、カメのせなかに乗ることができました。
「モグラさん、しっかりぼくのからだに、つかまっていらっしゃいよ……。さあ、泳ぎますよ。そら……」
サブ、サブ、サブ、カメは泳ぎだしました。カメのせなかに、乗せてもらっていたモグラは、やっと岸に、あがることができました。
池の岸の近くには、たくさんのさかなが、泳いできました。
「モグラさん、助かってよかったね……。ほんとに、よかったね」
モグラは、岸の上で、池の中のさかなに、ペコン、ペコン、頭をさげました。
「さかなさんたち、ありがとう……。さっき、ぼくはね、モグラの友だちといっしょに、土にあなを掘っていてね、すべって、池の中へ落ちてしまったの……。それを、さかなさんたちに、助けてもらって、ありがとう……。ほんとに、ありがとう」
そのとき、コイが、池の水の上に、浮いてきました。
「モグラさん、モグラさんの友だちが、きっと心配しているよ……。さあ、早く、友だちのいる土の中へ帰りなさい」
「はい、みなさん、さようなら」
モグラは、また土を掘って、もぐっていってしまいました。
それから、いく日も、いく日も、たってからのことです。この池が、大変なことになりました。
どうしたことか、雨がすこしも降りません。日照りがつづいたのです。池の中のさかなたちは、みんな、心配そうな顔つきで、集まりました。
大きなコイは、目をショボ、ショボ、させながら、いいました。
「困ったな。たくさんあった池の水が、こんなに少なくなってしまった……。ぼくたちにとって、いちばん大切なのは、水だからな」
すると、小さなメダカが、目を、パチクリさせました。
「えっ、では、水がなくなったら、ぼくたち、さかなは、どうなるの?」
「そりゃあ、死んでしまうさ」
「いやだあ、死ぬことなんか、いやだあ、いやだあ」
メダカは、もう泣き出しました。
フナも、大きな、ためいきをつきました。
「あああ、こんなとき、雨が降ってくれれば、いいのになあ」
そのときです。池の中を、ザブ、ザブ、カメが、泳いできました。
「おう、さかなさんたち、大変だよ」
「えっ、カメさん、なにが大変?」
「あのねえ、いま、むこうで、お百姓さんたちが、いっていたけどねえ。こんなに雨が降らないで、日照りばかりがつづいたら、この池の水は、あと三日で、なくなってしまうんだってさ」
「えっ、あと三日で、池の水がなくなるって……。ああ、どうしよう……。わたしたちは、あと三日で、死んでしまうんだあ……。いやだあ、いやだあ」
さかなたちは、みんな、泣き出しました。
それから一日たちましたが、雨は降りません。二日たちましたが、雨は降りません。とうとう三日たちましたが、やっぱり雨は降りません。
池の水は、もうあとわずかになってしまい、さかなたちのせなかが、水から出てしまうくらいになりました。
さかなたちは、みんな、アップ、アップ、苦しみはじめました。フナは目を、ショボ、ショボ、させていいました。
「ああ、苦しい……。コイくん、コイくん。きみは、いつも元気がいいから、こんなときでも、だいじょうぶでしょう」
「フナくん、だめだよ……。ぼくだって苦しくって、苦しくって、もう死んでしまうかも、知れないよ」
池の中のさかなたちは、もう、ぐったりと、してしまいました。
そのときで。どこからか、声がきこえてきました。
「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ」
「あ、あれは、なんの声だろう」
声は、だんだん、近づいてきました。
「ヨイショ、ヨイショ、ヨイショ……。池の中の、さなかさん。コイさん、フナさん、メダカさーん」
と、どうでしょうか。池の岸に、たくさんのモグラが、やってきました。
一ぴきのモグラが、池の中を、のぞきこむようにして、いいました。
「このあいだは、ぼくを池の中から助けてくれて、ありがとう……。今日は、モグラの友だちをつれて、お礼に来ました」
「えっ、モグラさんが、お礼に?」
と、いったのは、コイでした。ほかのさかなたちは、もう、ものをいう元気もありません。
「さあ、さなかさんたち、もう心配いりません。このあいだ、カメさんから、池の中の水がなくなって、さかなさんたちが、苦しんでいるのをきいたんです……。さあ、こんどは、モグラの仲間が、みなさんを助けてあげます」
「おや、ぼくたちさかなを、どんなにして、助けることが、できるの?」
「コイさん、ぼくたちモグラは、土を掘ることができるでしょう……。この池と、そばの大きな川を、水でつなぐように、あなを掘ってきたのです……。ほら、もう少しで、そのあなが掘れてしまいますよ」
モグラの仲間は、また、
「ヨイショ、ヨイショ」
かけ声をかけて、あなを掘りはじめました。
そのうちに、モグラの大きな声が、きこえてきました。
「そうら、あなが掘れました……。それっ、水が行きますよ」
と、どうでしょう。池の中に、川の水が、ザーッと、音をたてて流れこんできました。
「わあ、水だ、水だ、水だあ」
さかなたちは、急に元気が出てきました。
池の水は、ぐんぐん、ふえてきました。
コイも、フナも、メダカも、ほかのさかなたちも、スーイ、スーイ、池の中を、泳ぎまわりました。
池の岸の上に集まったモグラたちは、
「ああ、よかったねえ」
と、いって、池の中をながめていました。