桃と赤ちゃん
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- このおはなしの目当て
- 正直者が馬鹿をみるというけれども、子どもの正義感はそれを許さない。正直な人、情(なさけ)ある人たちに幸福を与えないと承知できない。そんな子どもの心に満足を与えてやりたい。
- 読み聞かせのポイント
- おじいさんとおばあさんの対話は、男女の区別のできるよう注意してください。小人の言葉は、それらしく声を小さくするとか、おじいさんとおばあさんが、だんだん、若がえっていく場面も、そのような声の変化に気をつけていただきたい。
おはなし
むかし、むかし、ある村に、正直じいさんと、正直ばあさんが、いっしょに住んでいました。
ぽかぽか、暖かい春の朝でした。正直じいさんは、外に出ると、まがっていた腰を、グーンと、のばしました。
「わあ、今日もよいお天気じゃ。さあ、これから道の掃除をしよう」
正直じいさんは、ほうきで、表の道を、はいていました。
しばらくして、正直じいさんは、びっくりして、大きな声を出しました。
「おやあ、きれいな花。これは、これは、桃の花じゃ。桃の花がいっぱい咲いている枝が、落ちているわ」
道ばたに、美しい花の咲いた桃の枝が、落ちていました。
「おばあさん、おばあさんや」
おばあさんも、家の中から、出てきました。
「はい、はい、おじいさん。なにか、ご用ですか……。おや、まあ、おじいさん。これは、きれいな桃の花ですね」
「おばあさんや、この桃の枝は、だれかが、落としていったのに、ちがいない。人にふまれては、もったいないから、家の床の間の花瓶に入れておこう」
「そうですね……。でも、おじいさん。桃の枝を落とした人が、さがしているかも、知れませんねえ」
「そう、そうかも知れない。では、おばあさんや。この桃の枝を、人にふまれないように、家の垣根に立てておこうよ」
「でも、おじいさん。枝が枯れて、桃の花が散ってしまうかも知れません」
「うん、そうじゃ。では、花瓶の中へこの枝をさして、道ばたに出しておこう。そうすれば、落とした人にもすぐわかるし、桃の枝も枯れずにすむよ」
正直じいさんと、正直ばあさんは、桃の花の咲いている枝を、花瓶の中に入れて、道ばたに出しておきました。それから、大きな紙に、
「この桃の花、落とし物」
と、書いて、家の垣根にはっておきました。
次の朝です。正直じいさんは、外に出ると、またまがった腰を、グーンと、のばしました。
昨日、家の垣根にはっておいた「この桃の花、落し物」と、書いた紙は、そのままでした。桃の枝も、そのまま花瓶に、さしてありましたが、花は一つも、ついていませんでした。
「おや、桃の枝に咲いていた花が、一つもないぞ。どうしたことじゃ」
おどろいた正直じいさんは、正直ばあさんを呼びました。
「おばあさんや、おばあさんや」
「はい、はい。おじいさん、なんですか」
家の中から出てきたおばあさんも、おどろきました。
「あら、まあ、おじいさん。これはいったい、どうしたことでしょう」
「うむ、おばあさんや。花びらが散ったものなら、このへんに、落ちていそうなものだが、その花びらも見あたらないよ……。さあ、これは不思議だ」
そのとき、遠くの方から「ワッショイ、ワッショイ」という声が、聞こえてきました。しばらくすると、
「おじいさん……。おばあさん……」
と、呼ぶものがあります。
「はい、はい、どなたじゃ。どこにいなさるのじゃ」
「ワッショイ、ワッショイ。おじいさん、おばあさん、ほら、ここです。下の方を見てください」
おじいさんも、おばあさんも、びっくりして、下を見ました。
おじいさんと、おばあさんの足もとには、小さな、小さな、親指ほどの小人が、たくさん集まっていました。
「これは、これは、たくさんの小人たち。一人、二人、三人……。五人、十人、三十人……。五十人、八十人、百人……。わあ、お前さんたちは……」
「はい、おじいさん、おばあさん。わたくしたちは、みんなこの枝についていた、桃の花でございます」
「えっ、桃の花が、そんな小人に……」
「はい。おじいさん、おばあさんが、わたくしたち桃の花を、たいせつにしてくださいましたので、そのお礼に、こんな大きな桃を、二つ運んできました。おじいさん、おばあさん。この桃の実を、たべてください」
小人たちは、二つの大きな桃を、おじいさんと、おばあさんに渡すと、
「おじいさん、おばあさん、さようなら」
と、いって、たいへんなはやさで、どこかへ走っていってしまいました。
正直じいさんと、正直ばあさんは、小人たちからもらった、二つの桃を持って、家の中へはいりました。
「おじいさん、大きな桃ですねえ」
「ほんとに大きな桃だよ。おばあさんの顔くらいあるよ」
「おじいさん。では、一つだけ切って、半分ずつたべましょうよ」
おじいさんと、おばあさんは、大きな桃を、半分ずつわけて、たべました。
「では、おばあさん、いただくことにしよう……。ホラ、パクリ……。うむ、おいしい、おいしい」
「では、おじいさん。わたしもいただきますよ……。まあ、おいしいこと」
「これは、これは。おばあさん、おいしい桃だのう」
「おじいさん、ほんとに、おいしい桃ですよ」
おじいさんと、おばあさんは、大よろこびで、桃をたべていました。
そのうちに、おじいさんは、おばあさんの顔を見て、おどろきました。
「おや、おばあさん。その顔は……」
おばあさんも、おじいさんの顔を見て、おどろきました。
「まあ、まあ、おじいさんの顔が……」
不思議なことに、おじいさんの顔も、おばあさんの顔も、しわがなくなりました。
「おばあさんや、これは不思議な桃じゃ。これをたべると若くなるのだよ」
「おじいさん。では、もっと若くなりましょうよ」
おじいさんと、おばあさんは、桃を一口たべては、顔を見あわせました。
「おや、おばあさんの白髪が、黒くなってしまったよ」
「あら、おじいさんの白髪も、白いひげも、黒くなりましたよ」
「では、おじいさん。わたしが、おじいさんのところへ、お嫁にきたころのように、若くなりましょうよ」
「それがよい、それがよい」
正直じいさんも、正直ばあさんも、桃をたべて、とうとうお嫁入りのころのような、元気で、美しい若い人に、なってしまいました。
正直じいさんと、正直ばあさんのとなりに、いじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんが、いっしょに住んでいました。
いじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんは、正直じいさんと、正直ばあさんが、すっかり若くなってしまったので、おどろきました。
「なあ、ばあさん。となりのじいさん、ばあさんは、どうして若くなったんじゃろなあ」
「じいさん。そりゃ、なにか薬を飲んだのでしょ。ねえ、じいさん。わたしたちも、若くなりたいねえ。となりのじいさん、ばあさんのところへいって、その薬をもらってきなさいよ」
「うん、じゃあ、ばあさん、待ってろよ。これから、わしが、その薬をもらってくるからな」
いじ悪じいさんは、となりの家から、大きな桃を一つもらってきました。
「まあ、じいさん、大きな桃じゃのう」
「うん、ばあさん。となりのじいさん、ばあさんはな、これと同じ桃をたべたら、若くなってしまったとさ。わしたちも、桃をたべることにしよう」
「へえ、こんな桃をたべただけで、若くなれたのかねえ。では、すぐたべましょう」
いじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんは、大きな桃を、半分ずつたべることにしました。
「では、ばあさん、たべるぞ……。パクリ……。うむ、これはうまい」
「じいさん、わしも、たべるぞえ……。パクリ……。まあ、うまいねえ」
いじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんは、まるで競争するように、桃をたべだしました。
そのうちに二人は、顔を見あわせて、おどろきました。
「おや、おや、ばあさん。ばあさんの顔のしわが、なくなったぞ。わしの顔は、どうじゃ」
「あら、あら、じいさん。じいさんの顔も、しわがなくなって、こりゃあ、わたしよりも、若くなってしまった。じいさんに負けないように、わしは、もっと若くなるぞえ」
二人は、桃をほおばって、たべました。
「おや、おや、ばあさん。なんだこれは、娘のように、若くなってしまったではないか……。では、わしも、もっと、もっと若くなるぞ」
「わあ、じいさん。じいさんは、子どものように、なってしまった。では、わしも、もっと若くなるぞえ」
いじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんは、若くなろうとして、競争をして、桃をたべているうちに、二人とも小さな子どもに、なってしまいました。
子どもになると、また欲ばって桃をたべました。と、どうでしょう。二人とも、赤ちゃんになって、
「ホギャー、ホギャー」
大きな声をたてて、泣きだしました。
元気で、美しい若者になった、正直じいさんと、正直ばあさんは、赤ちゃんの泣き声を聞くと、びっくりして、となりのいじ悪じいさん、いじ悪ばあさんの家へきました。
そこには、赤ちゃんが二人、大きな桃の種を前にして、泣いているでは、ありませんか。二人の赤ちゃんの顔は、となりのいじ悪じいさんと、いじ悪ばあさんに、そっくりです。
やがて、二人の赤ちゃんは、若くなった、正直じいさんと、正直ばあさんに抱かれて、スヤスヤ眠ってしまいました。若くなった正直じいさんと、正直ばあさんは、にっこり笑って、話しあいました。
「おとなりの、おじいさんと、おばあさんは、欲ばって、桃をたべすぎたのだよ」
「そうですねえ。いじの悪い、おじいさん、おばあさんだったけれど、赤ちゃんになると、かわいい顔をして、いますねえ」
「そうなんだよ。だれだって、赤ちゃんのときは、みんなよい子だったんだよ」
「では、この二人の赤ちゃんを、わたしたちが親になって、よい子に育てましょうね」
元気で、美しくなった、若い正直じいさん、正直ばあさんに育てられた、赤ちゃん二人は、きっとよい人に、なったことでしょうね。